2011/04/30

Baiju Bawra

1952年制作の映画では夢のデュエットを聴くことができる。
設定はムガール帝国アクバルの宮廷。
楽聖ターン・センをUstad Amir Khan、主人公をPandit D.V.Paluskar。
この二人のデュエットが実現し今聴くことが出来るのは娯楽の王様映画ならではのことだ。
ここで二人は歌合戦をする、なんと贅沢なことだろう。
私が最も敬愛する二人の声楽家、さて勝敗やいかに?



Pandit D.V.Paluskarは今後紹介します。

Kirana Gharana

Ustad Abdul Karim Khan(1872~1937)

Kirana GharanaはUstad Abdul Karim Khan の生まれた(Uttar Pradesh州のMuzzafamagar)場所を本拠地としている。
彼の音楽は南インドのMysoreの宮廷で活躍した祖父Ustad Ghulam Ali Khanとその兄弟Ustad Ghulam Maula Khanにそのルーツがあり、南インド音楽の影響を受けている。
彼は当代きっての美声といわれたが、スローテンポで丁寧に唄われる各音のタッチも絶妙だった。
普段はまるで音楽に帰依する修行僧のような生活だったと言う。
これは多くの人から聞いたまるで伝説のような話。
多くの弟子と共にコンサート会場に向かって汽車に乗っていた彼は自らの死期を悟り弟子と共にある駅で下車した。
駅近くに生えている大樹の木陰に座ると彼はRag Darbari Kanadaを唄い、そして唄い終えるとそのまま息をひきとったと言う。

別テイクもあるのでこのテイクではないかも知れないがPandit Bhimsen JoshiをKhayalの道へ導いたRag Jhinjoty。



Uatad Abdul Wahid Khan(1885~1949)

Ustad Abdul Karim Khanの従兄弟で共にKirana Gharanaを牽引した声楽家。
共に多くの音楽家に影響を与えたが、Master of Taranaで紹介したUstad Amir Khanにも多大な影響を与えたと言われている。

Rag Darbari Khanada



Smt.Hirabai Barodekar(1905~1989)
Ustad Abdul Karim Khan の娘でUatad Abdul Wahid Khanからも指導を受けていた。

Rag Yaman



Pandit Sawai Gandharva (1886~1952)

Ustad Abdul Karim Khanの一番弟子と言われKirana Gharanaの伝統を不動のものとしPandit Bhimsen Joshi(1922~2011)やSmt.Gangubai Hangal(1913~2009)を指導した。

Rag Puriya Dhanashree



Smt.Gangubai Hangal(1913~2009)

2011/04/29

A.R.Rahmanの思い出

インドで最も支持されている音楽は映画の挿入歌だ。
昔は伝統音楽に基づいたスタイルの音楽が多かったが、最近は世界の最先端を行っていると言っても過言ではない。
90年代初頭ロングラン大ヒットしていた「Roja」という映画のサントラに皆夢中になっていた。
街を歩けばいたるところから聞こえてくるその音楽を私も少なからず楽しんでいた。
インドでそれまで聞いたことのないタイプの音楽で何か新しいセンスを感じた。
もう今では超有名なA.R.Rahmanがその音楽の作家だった。
当時のインドで揃えられた機材で作った音楽は私にはかえって新鮮に感じられた。
日本では聞き慣れた初期のデジタル音源を使用していたが使う人が変わるとこうなるのか?と感心した。
そのサントラの中から綺麗な声のなんちゃってレゲエかな?という1曲。

CHUPKE CHUPKKE RAAT DIN

Ghulam Aliの作品はインドでも錚錚たる歌手たちがカバーしている。
往年のフィルムソングシンガーも



若い世代の歌手もやはりカバーしている。
衣装は郷ひろみさんぽいが



そして世代を超えた夢のデュエットも

2011/04/28

Patiala Gharana

多くの声楽家を輩出したGharana(school)。
Punjab州、Patialaのマハラジャの宮廷でUstad Fateh Ali Khan とUstad Ali Baksh Khan によって創立された。
18世紀にPatialaの宮廷が滅ぼされるとDelhiのムガール朝の傘下に入る。
Khyalの他にThumriやGhazalで有名でKhyalではEktal(12beat)Tintal(16beat)を多く用いて唄われる。
特に5音階のRagを得意とする傾向もありターン(音階を走るように唄う唱法)は複雑なパターンを組み合わせて構築され様式美に満ちている。

このGharanaの代表的なKhyal歌手は

Ustad Bade Ghulam Ali Khan

http://www.metacafe.com/watch/825327/ustad_bade_ghulam_ali_khans_concert_in_calcutta_1963/



Begum Parveen Sultana





Pandit Ajoy Chakravarthi



パキスタンのGhazal歌手で忘れてはならないGhulam Ali(同姓同名が多いので特にUstad Bade Ghulam Ali Khanとはよく混同される)。
Ghazalはイスラムの恋歌で北インド音楽ではライトクラシカルに分類されるジャンル。




2011/04/27

ウエーダー

解禁から一月経とうとしているがまだ渓流へ行けていない。
季節もなんとなく足踏み状態で得意とする虫達も出ていないようだし盛期の訪れを首を長く待っている。
今年は10数年ぶりにウエーダーを新調した。
途中ネオプレーンで膝までの夏向きのギアを使っていたので、古いウエーダーは10年くらい使い続けた。
穴が空くたびに補修を繰り返してきたが去年の釣行ではどこから漏れているのかわからないほどの状況だった。
最終的にはネオプレーンのソックス部分が水を浸透しているようで使い続けることをあきらめることとなった。
新しいものは素材や裁断の進歩は著しく快適さは格段の違いを感じさせる。
このウエーダーを履きつぶすまで自分の足腰が川歩きに耐えられるのか?
以前のように沢をよじ登るような釣りはしないまでも川歩きは座る職業の私にはかなりハードエクササイズだ。
昔、腰痛予防には川歩きがいいよと教えられ始めた渓流釣りだが、そのおかげでそれほどの腰痛に悩まされることなく座り続けていられている。
家の近所では山吹が咲いている。
フライを巻かなくては・・・・

2011/04/24

Taj Mahal

世界の歴史上最も贅沢な廟の一つアグラのタージ・マハルは、ムガール帝国第5代皇帝シャー・ジャハーンが妻ムムターズのために建立したものだ。
彼の望みはタージ・マハルの建っているヤムナ河の対岸に同じデザインの黒い廟を自らのものとして建立し二つを橋で繋ぐというものだったという。
歴史には必ず尾鰭端鰭がついてくるが、タージ・マハルの建設によって帝国の財政が逼迫し息子によって彼は幽閉された。
今でもインドでは大理石は比較的安価なマテリアルだが、黒い御影石などはその十倍以上の高価なマテリアルだ。
黒いマハルは尾鰭端鰭なのか?
リンクはグーグルアースの航空写真だ。
想像と興味は尽きない?


大きな地図で見る

Pandit Nikhil Banerjee(1931~1986)

多くの音楽家を輩出したMaihar Gharana(school)の中で最もユニークな演奏家の一人。
二大シタール奏者Pandit Ravi ShankarとUstad Vilayat Khanの圧倒的存在感とカリスマ性に、多くの奏者がその音楽をフォローしていった中で彼は独自の音楽性を執拗に追い求め、それを実現しうるに至った。
音楽への徹底的とも言えるバクティー(献身)は音楽における獰猛な求道者と言えた。
タッチ・音色・一つ一つのフレーズ、考え得る全てにおいて徹底的に独自のこだわりを貫く姿勢は、54才という若さでこの世を去らなければならないほどその身を削らせたのかも知れない。
独自のスタイルと言ってもそれは決してエゴイスティックなものではなく、それとは正反対の透明で涼やかな美しさに満ちた音楽だった。
その限りなく透明な音色に初めて触れたとき私は心の中の自分の知らなかった部分がピンとはじけた。
そして彼の獰猛な情熱が炸裂するクライマックスに至る頃にはわしづかみにされた心が遙か虚空に投げ上げられてしまった。

特に晩年の数年間演奏を重ねていくたびに彼は高みに登り詰めていく。
どこまで行ってしまうのだとファンの期待が最高潮に達したときに、突然彼は神にとりあげられてしまった。
そして残された世界中のファンは彼の余りに早すぎる死に慟哭した。

彼が世を去る3ヶ月ほど前のインタビューをweb上で読むことが出来る。
http://www.raga.com/interviews/207int1.html



http://www.youtube.com/watch?v=tT_BVK_Q6i8


2011/04/22

Uatad Ali Akbar Khan(1922~2009)

北インド音楽の至宝・巨星、Ustad Ali Akbar Khanがこの世を去ったのは一昨年6月のことだった。
音楽における全てを兼ね備えていたと言っても過言ではないこの偉大な音楽家を創りあげたのは、父Ustad Allauddin Khan(1881~1972)と彼自身の限りない音楽への献身だった。
ムガール帝国時代に活躍した伝説的音楽家Miyan Tansenの血をひくUstad Wazir Khanの弟子だった父のスパルタ教育ぶりは有名だった。
Ustad Allauddin Khanに杖で殴られへそを曲げてMaiharを去ろうとしたPandit Ravi Shankarに「殴られたくらい何でもない、私などはしょっちゅう一晩中木にに吊されてきたんだ。」と説得した逸話はよく知られる。

13才の時にAllahabadでデビューコンサートから彼の輝かしい音楽キャリアはスタートする。
1943年JodhpurのマハラジャHanwant Singhの宮廷楽師になる。
音楽に造詣の深かったHanwant Singhは惜しみなく彼をバックアップし学校も設立する。
しかし1948年に若きマハラジャが飛行機事故で亡くなり大きな喪失感と共にJodhpurを去ることになる。
1956年Ali Akbar College of Musicをコルカタで開くが、後にBerkeley、そして1967年にはSan Rafaelへと教育の拠点をアメリカに移す。

演奏家として大成しただけでなく新しいRagも数々残している。
Rag Chandranandan
Rag Medhavi
Rag Gauri Manjari


若くして完成された音楽家だったが年を追うごとにその音楽は輝きを増していく。
それは完全というものも成長していくのだという驚きを実感させられる。
生きた無限は永遠の中で輝き続けるだろう。

インド国内での栄誉はもとより、数々のアメリカでの功績をたたえられ「National Heritage Fellowship」という伝統芸術家に贈られる最高の栄誉をアメリカ政府から受けてる。






Master of Tarana

Ustad Amir Khan(1912~1974)はその絶頂期に最も惜しまれつつ自動車事故で他界してしまった声楽家。
即興性が最も重んじられる北インド音楽の中で、彼の即興性は最も想像力に富んだものだった。
北インド音楽家の中では様式美を追求するタイプと一瞬の創造性を追求するタイプがいるが、彼は後者の中で最も成功した音楽家だった。
絵画にたとえるならば巨大なカンバスに完全なる無限を描くような想像力を持っていた。
また多くのレパートリーよりも一つ一つのレパートリーの完璧性に重点を置き細部まで突き詰めていた。
一瞬一瞬にひらめく想像力をメロディーに還元させるには意識のどの部分とどの部分を接続したらいいのかをわかっていたのかも知れない。
とにかく聴衆は彼の想像力に酔いしれた。
20世紀の全てのジャンルの声楽家の頂点に君臨する一人と言っても過言ではない。






不都合な現実

今真夏のピーク電力消費量というのがが問題になっているが、真夏の太陽がギラギラと照っている時は降り注ぐ太陽エネルギーも最大なのだから、そのエネルギーで発電する方が効率的だと思うのは不自然なのだろうか?
原発近くに住んでいたために二重三重の苦労を強いられている人々のことを考えると、絶対安全という太鼓判を想定外という言葉で打ち消せはしないのではないだろうか?
全ての原子炉を止めた場合真夏にどれ程の暑さに耐えなくてはならないのか?
私達はその暑さを我慢できないのだろうか?
CO2より遙かに危険な物質を前に、他の方法でCO2を減らす想像力を私達は持てないのだろうか?

2011/04/21

Aftab-e-Sitar (Sun of Sitar)

Ustad Vilayat Khan(1924 or 1928~2004)は最も愛されたSitar奏者の一人。
演奏家になった初期の録音から晩年の録音へと聴いていくと、彼が音楽を通して偉大な旅をしたことがうかがい知れる。
つまり基本に忠実な奏法から彼独自の音楽の完成への試行錯誤、その過程で様々な美を生み出し大輪の花を咲き誇らせるに至った。
音楽家の家系に生まれた彼の人生は決して順風満帆ではなく、人気Sitar奏者だった父Ustad Enayat Khanをわずか9才の時に亡くし、祖父Ustad Imdad Khanや親戚から指導を受けた。
口伝で音楽を伝えてきた北インド音楽家の家系を継ぐ彼にとって、とても難しい学習環境を強いられたと言える。
多くの助力に支えられた中でも絶大な人気を誇った声楽家Ustad Amir Khan との親交はよく知られている。

そして彼が創っていった奏法・スタイルは他に類を見ない独自性に溢れたものとなり聴衆の圧倒的な支持を得ることとなった。

私も多くのコンサートを聴きに行ったがどの演奏にも感銘を受けた。
私の師匠は最も印象的だったパフォーマンスについてこんな話をしてくれた。

Uatad Vilayat Khanのリサイタルが行われた日、印パ戦争により戒厳令が敷かれた。
戒厳令は夜間外出禁止なのだがすでにUstad Vilayat Khanも観客もすでにホールに入っており、朝まで誰もホールから出ることは許されない。
通常リサイタルの場合は3時間位のコンサートなのだが、オーガナイザーは彼に何とか朝まで演奏を続けて欲しいと懇願した。
それは10時間を超える常識では考えられない長時間のパフォーマンスを意味していたが、彼はそれを受け入れオールナイトの演奏をすることになった。

北インド音楽のRagは演奏する時間帯が指定されているので、夕暮れ時のRagからコンサートはスタートし途中休憩を挟みながら演奏は続き、戒厳令が解ける朝に彼が最後に弾いたRagはBrindavani Sarangという昼に演奏されるRagだった。
つまり現実の時間よりも演奏されたRagの時間の進みの方が早かったということだが、私の師匠は生涯忘れることの出来ない最高の夜だったと話してくれた。

Aftab-e-Sitar(シタールの太陽)Star Nawaz(シタールの王)という称号で呼ばれたUstad Vilayat Khan。

日本風に言うなら「シタールの鉄人」だろうか?






2011/04/20

デジタルとアナログ

昨年相次いで2台のパソコンのハードディスクがクラッシュしてしまった。
まあハードディスクの耐用年数と言われる10年は超えていたので予想はしていた。
トラブルに見舞われたのはPower Mac G4とPower Book G3で、いずれもMac OS9という前時代的な環境だった。
G4の方はこれまで2回ハードディスクを交換していたがG3の方は1月に初めて交換してみたが、P-Ramバッテリーもだめだったのでそれも交換した。
今ではMac Book ProとThink Padを使っているので手放しても良かったのだが、一応動態保存しておくことにした。
本体よりもソフトウエアのバージョンアップに立ち向かおうという冒険心をもった侍ではないので慣れ親しんだ環境があると安心する。
新しいパソコンでの作業のため以前メインで使っていたCubase VSTからCubase5に移行するのには苦労した。
Mac BookでCubase4もいじってはみたが結局Think PadでCubase5を選択した。
Mac OSからWindows XPに変わった戸惑いも大きいが、ソフトのバージョンを一つ飛ばした戸惑いはそれ以上だった。
いい指導者に恵まれ最近やっとなれてきたところ。
最近のプラグインがアナログ的な音を目指しているところがとても面白い。
以前CDのマスタリングで真空管のプリアンプを通していたことを考えると、音色の変化はそれに近く圧倒的にノイズが少ない。
デジタルの進化がアナログの方を向いている。

ところで以前のパソコンのクラッシュと共に多くの方々の連絡先が失われてしまいました。
最近メール通信が届かない方、ご希望の方はH.Pにご一報ください。
不定期ながらご案内いたします。

Pandit Bhimsen Joshi

Bharat Ratna(インドの宝石)というインド政府から贈られる最高賞も受賞した、北インド音楽の声楽家Pandit Bhimsen Joshi(パンディット・ビムセン・ジョシ)氏が2011年1月24日に88才で逝去された。
名実共にインドを代表する声楽家で数多くの逸話も残されている。
幼少期にUstad Abdul Karim Khan(Kirana Gharana)のJhinjhotiのレコードを聴き声楽家を目指し11才の時に故郷を離れ師匠捜しの旅を始める。
3年間の旅で紆余曲折の末目指すべき声楽家が自信の故郷にいることを知りJalandarへ戻る。
彼が師事したのはUstad Abdul Karim Khanの高弟だったPandit Sawai Gandharvadaだった。
Pandit Bhimsen Joshiは1988年のインド祭には来日し公演とCDもリリースしている。

北インドの声楽は最初かなり取っ付きにくいと思うが、表現の根本でもあり理解できる頃には北インド音楽の深淵を垣間見ることになる。
これらの映像は壮年期にテレビ局が収録した番組。
かなりのインパクトを感じてもらえると思う。







Pandit Bhimsen Joshi氏の冥福をお祈りします。

2011/04/19

東北関東大震災で犠牲になられた方々に心から哀悼の祈りを捧げると共に、被災され不自由を強いられている方々に心からお見舞い申し上げます。

地震から1ヶ月余りが経ちましたが余震と原発の事故は続いており、日常とはほど遠く言葉を失う毎日が続いています。
色々な思いや考えが噴出しすぎて思考停止だけは避けなければいけないと思う日々の連続です。

新しいアルバムの制作中でしたが、私なりに出来ることを考えスタッフとも相談しチャリティー音源を一つ立ち上げました。
http://kenjiinoue.bandcamp.com/album/rag-malkauns

あまりにも微力と思える支援ですが、どうかご協力ください。
よろしくお願いいたします。