2012/02/29

やはり納豆は

インドは匂いに満ちていて、いろいろな匂いが濃密に混ざっている印象だが、納豆に似た匂いには出会ったことがない。
発酵食品はあってもこの匂いは独特だ。
冷凍すれば持っていけるが、インドでこの匂いをどう思うか興味はあるものの、まだ持ち込んだことはない。

やはり日本の味の代表の一つ。
インドの人へのハードルは高いようだが。

まだふりやまず

午前中だけと思っていたが降り続いている。
移動はあきらめ練習して過ごす。

今日移動しようと思っていたが難しそうだ。

2012/02/28

好物

蒸し豚ポン酢。
鍋ものを食べたかったが妥協。
インドで食べたいと思っていたものになかなかたどり着けない。

2012/02/27

やっと晴れ間が

ずっと降ったりやんだりが続いていたがやっと晴れ間が見えた。
インドの荷物が片付かない内にツアーの準備が始まり、スーツケースの中身を強制的に外に出す。

また片付かない・・・。

2012/02/26

目当てのお店が休みで

最近近くに出来た神豚へ。
パンチ力あるラーメンもそろそろ引退か?と思いつつがっつり食べる。
食べすぎか?

2012/02/25

モンスーン

インドと言えば紅茶というイメージだがコーヒーの方が歴史が古い。

デリーで焙煎したコーヒーを土産にもらった。

昔はケララコーヒーが有名だったがこのパッケージに原産地表示は無い。
普段も東逗子のBEANSという焙煎売りのコーヒー屋さんで、インドの豆を買っているがモンスーンという名前ではない。
モンスーンは西荻窪の珈琲職人さんで買ったことがある。
たしかデカン高原のどこかだったと思うが、記憶に全く自信はない。

国内にもたくさんのカフェが出来ているので、インドの珈琲はこれからも楽しみだ。

普段は強めのローストで飲んでいるが、この珈琲はミディアムロースト。
とてもバランスが良く美味しい。

2012/02/24

漁と言えば

投網漁はどこで見ても同じスタイル、同じテクニックで網を広げる。
厳密には地方それぞれの秘伝があると思うが、漁師ならではの漁という一種憧れの漁法だ。
一度チャレンジさせていただいたことがあるが、何度やっても全く開かなかった。
投網漁はどのように伝播したのか?

釣りの興味も尽きない水辺もたくさん見てしまった。

KINGFISHER

もうインドビールの代名詞的な名前なだけでなく航空会社まで持っている。
日本的に言えば発泡酒らしい。

これまでいろいろな種類のカワセミを見たが、これはよく見る種類。
ターコイズとラピスが混ざったようなブルーが目を惹く。
マーチランガと呼ばれ名前のとおり魚狩りの名手、あやかりたい!

解禁間近まだフライの準備は出来ていない。

2012/02/23

モラセス



コルカタで冬の間だけ出回るモラセスシュガー。
椰子から採られるがなぜ寒い時期だけなのかわからない。
ピタなどの手作りお菓子ではこの砂糖のリクイド状のものを使う。

ホットミルクにこの砂糖を溶かし、
細かくしたバナナと焼いたチャパティーを入れシリアルのように食べるのが、
かつて育ち盛りだったトゥキトゥキとニルー姉弟の夕食の締めだった。

私も夕食後にホットミルクにこの砂糖を溶かして飲んでいた。
しっかりした味が甘さの中にあって絶品。
 
今回久しぶりのチャンスだったのでシュレーシュで買い持ち帰った。
 
ミルクをとても大切にするインドでは、
ミルクを飲んだ器にもう一度水を入れ洗ってその水を飲む。
 
禅寺の食事の作法のようなマナーに感心していた。
 

インドで無線インターネット


インドでも無線インターネットが整備されてきたので、
今回はTATA Photon maxを使ってみた。
これは最速無線インターネットで、
モデムを使った有線にも負けない早さとのふれ込みだった。

設定や繋ぎ方も簡単で重たいデータのやりとりもとてもスムースで、
作業上のオーディオやムービーも問題なく送れた。
ニルーはうちのオフィスより早いと言っていた。

一つだけ慣れなかったのは携帯のネットでも言えるが、
コース設定が一月に何GBのコースかを選ぶこと。

 アップ・ダウンのデータ量を意識しながら使った経験がないので、
 1.5〜無制限のコース選びには戸惑った。
Skypeなどは実際どの位のデータを使っているのかわからないし、
データ量も額面どおり計算したらいいのか?
最初1.5GBコースでスタートしたがやはり足りず追加使用料を支払った。


かつて日本へ電話したいときには五つ星ホテルに泊まるしかないと言われていた頃、
郵便局に置かれた黒電話が一度だけ繋がった時のことを思い出す。
繋がるには繋がったがディレイというか、
自分の話した声が山びこのように帰ってきて会話にならなかった。

 


2012/02/22

SIMを取り出してみると

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インドでSIMフリーのiPhon4を使う。

インドでもiPhon4Sは販売されているが、SIMフリーの4をヤフオクでゲットして持っていった。
実はSIMフリーのつもりでいたが違ったので、作業が一つ増えた。
インドではプリペイドとポストペイドの2つの支払い方法でSIMを買える。
テロ対策で厳しいのは、プリペイドは州をまたいで使えないのと、IDなどは厳しくチェックされる。
また4以降のマイクロSIMはまだ少なくSIMカッターでカットして入れた。
3Gのスピードは日本に近い早さでつながる。
ただ地下鉄などで接続が切れた時の設定は、多少煩雑だったが慣れてしまえばすでに出来るようになった。

やはりインドではiPhon3のSIMフリー版の方が使いやすいと思う。

懐かしい風景


シュンドロボンの農村風景はどこか懐かしさを感じさせるものだった。
 日本の農村にも通じる建物の配置やデザインもあった。
大家族の農家の家には、
弥生時代の遺跡の復元で表現された家を連想させるような雰囲気のものもあった。

 観光で身軽に動いていたら写真を撮りまくっていたかも知れない。


川を渡った島から先は全て無人島で、
マングローブの森のデルタ地帯がベンガル湾まで約60キロ続く。
 野生動物は多様で虎やワニは漁師達を襲うこともある。
蜂蜜を探すハニーハンターや魚やエビを捕る漁師達は、
リスクを承知で危険なエリアへ踏み込むという。
また川で隔てられているだけなので、
虎は人の住む島へ渡ることもあるという。

お土産でいただいた美味しい蜂蜜は、
半ば厳粛な思いで持ち帰った。



どんな小さな池でも魚がライズしている。
生命の豊かさを感じる。
 あのおたまじゃくしが大量に泳ぐ春(というか夏)2月を思い起こすと、
遙かな距離だなとあらためて思う。



カデイス?かとカメラで狙うが灯りが暗くて撮るのが難しかった。
この月面のような壁を撮りたかったわけではない。

2012/02/21

昨夜は違うものを想像していたが

横横家でラーメンを食べた。

郵便局留めにしてもらっていた郵便物を受け取りに行く。
いろんな連絡事項を整理するのに今日いっぱいかかりそうだ。

2012/02/20

くつろぐ



移動の連続と演奏が一段落した。
シュンドロボンの帰り道
船着き場の車やリキシャのストライキに遭い、
炎天下に1キロ位歩いた時がきつかったか?
シンガポールのチャンギ空港での乗り換え待ち10時間か?
温度差30℃か?
どれもなんとか無事通過でき睡眠不足も解消された。

荷物や譜面の整理や洗濯などをしてくつろぐ。

近く弾く予定のRagのチューニングと音階練習がすんだので、
風呂に入ろう。

2012/02/19

おめでとう!

今日は昨年亡くなられたデンさんの愛娘、宙さんと健雄君の結婚式に出席。
宙さんが中学生の頃から知っているので、美しい花嫁姿に感激。
披露宴では今までのデンさんのご家族との素敵な時間を振り返っていた。

健雄君とは昨年の支笏湖以の釣り友として、今後いい魚との出会いも楽しんでいきたい。

2012/02/18

まずは

近くにあった讃岐うどんを食べた。
まだあまりお腹のすく時間ではなかったのもあるが、帰って最初はやはりあっさりとしたものが食べたかった。

ライブの準備をしに家へ向かう。

今日は西荻窪、音や金時です。
寒いですがご来場お待ちしています!

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先ほど羽田に着きました。
シンガポールでの乗り継ぎの待ち時間が長く、移動に丸一日かかりやはり疲れた。
憧れの風呂に入って休みます。

2012/02/17

いよいよ

コルカタを出発する。
ボーディングが始まった。

一路DUMDUM AIR PORTへ

ベンガル人の発音だとドムドムエアポートになる。
渋滞も無くスムーズだ。

空港へ

タクシーでバイパスに入った。
一時間ほどかかるか?

2012/02/16

遅延

飛行機が遅れるらしい。
この時間もう空港にいたはずだが、まだ出発していない。

ABAR DAKA HOBE

グルジーの家へ行き今回のお礼とお別れの挨拶をしてきた。
半年でも一週間の滞在でもいつもつらく淋しい挨拶だ。

サヨナラとは言わず「アバール ダカ ホベ」
また会いましょう。

星空

サジベリアのコンサート会場の地域には電気が無かったので、照明と音響は発電機の電源を使った。
シュンドロボンエリアの多くの場所では、各家の屋根に小さな太陽光発電パネルが設置されそのわずかな電気量で暮らしている。
その電力は蛍光灯の灯りは灯せるが携帯の充電は出来ないほど小さかった。
旅の前半にたくさん写真を撮り、遅い接続環境でblogアップしていたら電池が無くなってしまい、携帯はただの荷物になってしまった。
デジカメで撮ったサジベリアの写真は日本に帰ってからアップします。

サジベリアの夜空は満天の星空で外に出る時は懐中電灯が無いと歩けない闇夜。
地元の人々は皆強力な懐中電灯を持っていて、幾つもの灯りが会場に向かうのがロッジから見えた。

以前に一度電気の無い場所に泊まったことがあるが、その時私にとって漆黒の闇で何も見えない中、子供たちは中庭で鬼ごっこをして遊んでおり衝撃を受けたのを思い出した。

コルカタに戻る

後ろ髪を引かれながらベンガル湾デルタの島を離れる。

初めてのシュンドロボンでの一夜は言葉では表現し難い経験だった。
シュンドロボンの人々、自然、環境、全てが新鮮だった。

特に人々の暖かな人柄に感激し、そして彼らは演奏中にとてもストレートに喜びを表現してくれた。

2009年にサイクロンによって甚大な被害を被った地域だったのでどんな状況か想像出来なかった分、復興の過程は勇気づけられた。

再演のオファーを二つ返事で約束したのは言うまでもない。

しかし私自身は新たな課題が山ほど見つかったライブだった。

18日土曜日の音や金時の演奏を楽しみに明日の夜中から移動……。

2012/02/14

虎の保護区

ロッジへ行くのかと思っていたが渡ったところは、国立公園の虎保護区を臨む展望台だった。

また

船着き場だ。
この辺りの水辺にはマングローブが。
水位はかなり低いようだ。

そして次は

荷車力車に乗って移動。
何か面白くなってきた。

時間から遠ざかる錯覚。

駅から船着き場まで車に揺られながら、時間をどこかに置き忘れてしまったような道中。

渇水の川

はすでに海水の匂いがする。

乗り込んだのは

ボートだった。
この先どんな道を辿っていくのか?

駐車場へ向かう

すでにとてものどかなシチュエーションだ。

カニング到着

カニングのスペルは CANNINGだった。

景色が変わってきた

駅に到着

朝若干冷え込んだので霧が発生している。

出発

5時に起きてバタバタと支度完了。
スタッフを待ちながらお茶。
とゆっくりしていたら電話がかかってきたので出発!

2012/02/13

凝視

最初の旅行の頃はどこへ行っても周りの人に凝視された。
自分が何か変な行動をしているのではないか?と不安になるほど皆の視線を集めていた。
日本だったら喧嘩が始まりそうな視線だ。

あの好奇心いっぱいの遠慮のない視線で凝視されることは、現在の都市部ではほぼ無くなりもの足りなささえ感じている。

ここミッション・ポッリでも凝視され続けてきたが、今では外国人が珍しくないのか?外国人に見られていないのか?つまらない。
凝視している人をこちらから凝視し返すと、その人がふと我に帰る瞬間がとても楽しかった。

準備

明日のコンサートの準備と帰る準備がほぼ終わった。
友達がくれた土産などでスーツケースはいっぱいになり、全て収まるか若干不安。
これは帰る日の楽しみにとっておこう。

明日の行きと明後日の帰りはスタッフの人海戦術でとても楽な移動が出来るらしく、ちょっとした旅行気分。
最初の旅行の後ここに来るようになってからは、インド国内を旅行したのは1回だけ。
コンサートでの移動はあったものの都市部ばかりで、今回のシュンドロボン行きはかなりスペシャル。
多分blog upは出来ないと思うので、戻ってから報告します。

2012/02/12

グルマー

今日はグルマー(グルジーの奥さん)がピタをご馳走してくれた。
やはり手作りのお菓子は美味しい。
グルマーにはインドのいろいろな味を教えて貰った。
住み込みで習っていた時もあるのでお母さん同然。
またしばらく会えなくなるのがさみしい。

変わらないのはこの池だけか?
かつてホーリーに巻き込まれ色粉まみれになった時に飛び込んだことがある。
ライズも見えるしホタルも生息する。

ホタルは季節に関係なくハッチするがこちらの人はあまり関心を示さない。

カワセミや水鳥も訪れる水辺が減りつつある中、綺麗に清美されていて嬉しい。

先見の明

最初にここに住み始めた頃の日本はバブル景気に沸いていた時代、日本は目まぐるしい変化の最中。
それに比べインドは実にマイペースでゆっくりと歩んでいた。

しかし今はインドの変化の早さに感動するほど驚いている。
そして友人達とインドは100年経ってもたいして変わらないだろうね、と言っていた自分の先見の明の無さを恥じている。

日本のようなインフラ整備には時間が必要だと思うが、最先端の先進性は突出している。
そして巨大マーケットに世界中から企業が参入ししのぎを削っている。

インドの足音が聞こえる気がしている今回の滞在だ。

通い慣れた道

古い楽曲のリサーチをしにグルジーの家へ行く。
いつも夜通っていたので今回始めての明るい景色は新鮮だ。
この道も建設ラッシュ、家も人もざっと10倍に増えている。

大師匠が遺した前世紀の大音楽家のコンポジションのノートは虫が喰い時代を感じさせる。
判読可能な内にやらねばと今日3分の2をスキャニングした。

もともと口伝だったため記譜法が人や時代によって違うのでやっかいだ。
暗号の様だったベンガル語の続け字にも慣れてきた。

朝からずっと同じ姿勢だったので身体が痛い。

2012/02/11

RESERVE

もある。
インドはイタリアワインを手本に作っているのだろうか?

本格的ワインばかりで驚く。
どの銘柄もとても美味しかった。

日本のウィスキーがデリーのレストランで出されるようになるらしいが、きっとインドの人は日本の驚くほど繊細なウィスキーの味のファンになるだろう。
まだ日本酒はそれほど出まわっていないが、味を知っている人は日本酒が一番だと言っている。
日本酒はインドで万人受けいや8億人位?受けすると思う。

FTAの影響か日本のいろいろなものが買えるようになった。
それも他の国の輸入品よりも割安で買える。
日本のチョコレートも皆大好きだがそれほど出まわっていない。

インドは今古いインドと新しいインドが爆音を上げながら大きな車輪のように軋みながら突き進んでいる。

そして今回あった全ての友達が日本の地震と津波の災害と原発事故を心配し、私たちと気持ちを共有してくれている。

酒屋さん

一般的な酒屋さんは鉄格子越しに商売している。
ワインのようにラベルを読みたい場合は不向きだが、洋酒のほとんどを国産輸入双方取り揃えている。
このようなお店は何故か新聞紙で包むだけでビニール袋をくれないので、カバンか袋を持参しないといけない。
中心部には鉄格子のないスマートなお店もある。
ワインはやはりショッピングモールで買う方が選びやすい。
しかしこのシチュエーション嫌いではない。

カラス

彼のいるグループは家の前の路地を縄張りにしている10頭位の群れで、彼はもっとも小さく序列は最下位。
いつもは兄貴達と2〜3頭でつるんでいるが上位の仲間がいるところでは決して食べものにありつけない。
なので1頭で庭にいる早朝に食べものをあげている。
しかし最近兄貴が感づき私からの合図も覚えたのでまた合図を変えた。
今は合図を送って近くに兄貴がいると目で知らせるようになった。

ここの家では残りものを野良猫、野良犬、カラスにあげているが、たいてい犬がたいらげるので猫やカラスにはタイミングをずらせてあげている。
余ったトーストをいくつかに千切って何羽かのカラスにあげたりする。

カラス食べものをあげているなどと言ったら日本なら大騒ぎでテレビがきてしまいそうだが、ここでは日常の光景でどこの家でもそうしている。
なのでカラスも地元の人の迷惑になることはしない。
賢い鳥だ。
ここのカラスの胸の羽根はブルーダンでソフトハックルには最適な気がする。