2012/12/31

TEACHER'S

昨年の大晦日にコルカタで飲んだTEACHER'Sがスーパーで売っていた。
なんと超嬉しいことにインドより安く買える。

インドでは高級ウイスキーに数えられるので、昨年練習後に差し入れられ思わず感嘆の声をあげた。

2012年もあと僅か、皆様どうかよいお酒、、?よい釣果、、、?よいお年を!

年越しそばは鴨せいろで

今年一年ありがとうございました。
無事普通に年を越すことが出来そうです。

来年もどうぞよろしくお願いいたします。

2012/12/30

昨夜

丸新らーめんで和風とんこつプレミアムバージョン。
チャーシューがますます巨大化している。
上から撮らないとぶ厚いチャーシューしか写らない。
いつものネギ増しなので最初は麺を埋蔵資源のように取り出す。
2012年ラーメンの食べ収めか。

強制終了

まだ先は見えないがひとまず終了。

もうゴミになる物は買うまいと思う。

コルカタで池をゴミ捨て場にしていることに憤っていたが、彼らの日常に棄てられるゴミは日本人の10分の1にも満たないだろう。
日本の生活が入れ替わったらすぐに池は埋め立てられてしまう。

いろいろなゴミと向き合って、簡単に棄てていいものだろうか?と思う。

2012/12/29

お疲れさま

長年酷使してきたPower Book G4。
もうどうにもならなかったので、HDやメモリーを外しRamなどを破壊しお役御免に。

今までありがとう!

大掃除

年末の大掃除なんて何年ぶりだろう?
やり始めたのはいいが確実に年をまたぎそうだ。

とりあえず音源の締め切りがあるので、作業環境の模様替えと整理を優先。

2012/12/27

昭和レトロ

おそらく家から一番近くで食べられるラーメン。
長寿庵で半世紀受け継がれてきた味。
お蕎麦屋さんだが、昭和レトロな味という紹介コピーが気になっていた。

改めて地元のラーメンというのに興味が、、、

鶏ガラ醤油か?支那そばか?

やばい

缶詰?

昨夜は飲まないつもりでいたが、帰るなりいただいた缶詰を開けてしまった。
あっさり味で辛めという驚きの味。
大きな鯖で旨みも増している。
2本入った鷹の爪がいい仕事をしていた。

飲まないつもりだったがつい

2012/12/26

漁師

やはり野生のハンターの姿は美しい。
いかにも無駄のない動きで次々と魚を捕らえていく。
狙いすまして水中を凝視している姿を見ていたら、視線が印象的だった若冲の絵画が思い出された。

体を出来るだけ小さくして忍び寄っていく。
視線の角度が違うが力を全身にみなぎらせている姿からでも集中力は感じとれる。

魚もたまったものではない。

2012/12/25

きつねカレーうどん 麺房 美よし

かつてリハーサルが終わって本番までの間に小腹を満たしに通っていたお店がリニューアルされていた。
お揚げとカレー出汁の組み合わせは最初馴染めなかったがいつしかクセになっていった。
以前はこれをアペリティフに天丼を食べて丁度小腹が満たされたが。

京都で生活を始めた頃はお蕎麦屋さんに入ってもメニュー書きが理解不能で、解ったものは天ぷらそばときつねとたぬきだけだったが、そのたぬきにさえ裏切られた時のショックはかなり大きかった。

実はいまだに理解不能のままのメニューは数多い。
自分は保守的だったのだろうか?と悩むが、おかめ や きぬがさ と言われても想像力は沈黙したままだし、木の葉 は何の葉っぱ? しっぽく に至っては何語ですか?ということになる。

Bar探偵

音楽でお手伝いする映画を撮っている友人と会う。
打ち合わせを済ませた後で彼の師匠の林海象監督と盛り上がる。
やはり常にアンテナを張り巡らせている人達との話しは留まるところがない。
時間を忘れてディープな世界に突入。
かなり酔った、、、

久しぶりの千鳥足。

2012/12/24

上坂朋也くん

ライブが終わり軽く打ち上げをして、Bar探偵へ移動中。
これから打ち合わせを。

それにしても若い世代のエネルギーは実に刺激的だ。
上坂朋也くんはまだ20代前半だというのに、いい間合いを心得ている。
共演していて私がどうしたいのか無意識に感じ取ることが出来ていた。
そして何より練習を愚直に出来る最も大切なことにも気づいている音を出していた。
これからが本当に楽しみな逸材にまた出会うことが出来た。

岡山滞在の締めは

やまと で昼食にカツ丼。
さあ京都へ移動してコイズミ楽器さんでライブだ。

締めは

居酒屋 下津井港には締めのラーメンまである。
腕を振るっているのはバングラデシュ出身のバンちゃん。
刺身も白子ポン酢もバンちゃんお手製。
実に不思議な気分だったが、しっかりと岡山の味を堪能させてくれた。

鰆の刺身

昨夜は岡山で深夜まで飲んだ。
岡山と言えばやはり鰆の刺身!
実に美味だった。

2012/12/23

木屋町 ムガールでランチ

京都なのでお揚げのカレーうどんも捨てがたいが、本物のカレーをガツンと食べた。

普通のお店ではナンを選ぶがライスを選択。
理由はお米がバスマティだから。
インドカレーにはインド米でなくてはと思うのは私だけだろうか?

インドは日本と逆にお米の輸出を禁止していて唯一の例外がこのバスマティ。
いろいろ美味しいお米はあるが、この高級米を日本でも食べられるのは嬉しい例外措置。

高い関税がかけられているので通常の日本米より全然高いのだ。

どれも美味しかったが 今日のサブジ はとても良かった。
満腹満足。

鯖ちらし弁当

鯖は京都に住んでから好物になった魚の一つ。
子供の頃の海での五目釣りでは引きの強さと釣り上げた時の大暴れが印象的だったが、食べると蕁麻疹が出るので恐れていた。

京都の人々と料理人の方々の鯖に注ぐ愛情には脱帽してしまう。

嗜好も苦手も時間と共やに変化していくのは楽しみの一つかもしれない。

2012/12/22

Yoga

インドから連想されるものに必ず入ると思うヨガだけれども、あまりにも知らずに過ごしてきた気がする。

最初にインドに長期滞在した時にルームシェアしていた友人が、交通事故の後遺症をヨガで克服していたので、ごく基本的なプロセスは彼から習った。

しかし私のヨガに対するイメージがかなり現実とずれたものだったということを昨日思い知った。

昨日イベントで演奏したシュクラ・ヨガスタジオはとても明るく開放的なスタジオだった。
場所も原宿竹下通りで集まったのはほとんどが若い女性。

ヨガとサドゥーが何となく結びついていたり、超ロン毛にふんどしみたいなビジュアルが常に先行していた私のヨガ觀は何だったのだろう?

ヨガを通じて自身と向き合うということがこのような形に昇華していたのは驚きだった。

考えてみればインド音楽がヒッピー文化と混同されていた時代があったので、独り歩きしているイメージがいかに特異に変異したものか理解できる。

かつていろいろなものが日本にやって来て爆発的変化を遂げたように、ヨガやインド音楽がより魅力的に変容していくことを期待したい。

2012/12/21

大岡川

景色が変わってびっくり。
釣り人もいたが狙いは何でしょう?

2012/12/20

ネギチャーシュー麺 ラーメン瑠人

伊勢佐木町を歩いたのは何十年ぶりか?

昔の記憶はほとんどないので新鮮な散歩だった。

中途半端な時間だったが食事難民にならずにすんだ。

さすが横浜、こなれたとんこつ醤油ラーメンだった。

2012/12/19

絃を交換

今日はただ絃を交換するつもりだったが、いろいろな不具合が気になり調整した。
大した作業ではないがやはり指が痛くなる。
不具合を放置して結果的に後悔するか?指が痛くなって後悔するか?
出来ることならどちらも避けたいと思うが、、、

粉雪

今朝はほんの僅かではあったものの粉雪が舞っていた。
冬至を目前に雪を見ることが出来た。

札幌在住のダルシマー奏者、小松崎氏は「全部あげる」と言っていたが、私にとって雪はやはり儚ささえ感じる冬の情感だ。

冬の北海道は最も好きな北海道の一つだが、それは訪問者ならではの感覚なのだろう。

札幌で雪掻きを体験した時には、ただ雪を移動するのではなく、降り積もった後に硬く氷固まった雪氷を割る作業から始まり、いきなり心が折れた。
少しも儚くない雪だ。

しかし冬の北海道の部屋の暖かさと、曇りなく鳴ってくれる楽器の弾き心地の良さに驚き感激する。

究極の選択か?

何事もそう都合良くは運ばない。

でも僅かな粉雪を見たら冬の北海道へ行きたくなった。

2012/12/18

山吹の黄葉

山吹も黄葉すると山吹色になる。
春、山吹の花が咲く頃は渓流が最も楽しい季節なので、山吹には特別な感情が芽生えてくる。

来年の花の季節は必ず渓流を逍遥しようと、都心の黄葉した山吹に願いを込めた。

トロ鯵の炭火焼き定食 きいろ 青山

今日はリハの後で友達とランチ。
鯵旨かったぁ。

21日は久しぶりにかタックの伴奏もするので楽しみ。

踊りの音楽は作曲も伴奏も好きだ。

それにしてもインド舞踊はかなり久しぶりだな。

2012/12/17

チャーシュー麺 こぐま 藤沢

札幌からツアーに来た友達のライブを聴きに藤沢へ行った時のこと。

ちょっと小腹が空いて何か食べようと歩いていると、昔ながらの佇まいのラーメン屋さんが目にとまる。
店を覗いて見ようと近づくと、ちょうど食べ終わった若い女性の4人連れが「あー旨かった!」と店から出てきた。

誰も異論を唱えないので思わず入ってしまった。

混んでいたし期待してチャーシュー麺をオーダー。

そして食べてびっくり、札幌ラーメンだった。
なまら盛り上がってしまった。

2012/12/14

12月21日

とても急な告知ですが来週のライブです。

ご来場お待ちしております!


http://www.shukla.jp/workshop/3664.html

2012/12/13

ビロビジャンwithトシバウロン

今日は藤沢BarCanesへクレズマーを聴きに来た。

3人が紡ぎ出すユダヤのもの悲しい旋律に、自分の中にある普段気づかない扉をノックされたような気がした。
そしてとても癒され開放された。

動物を搬送している車を見ると思わず口ずさんでしまうドナドナも聴けた。
ドナドナもユダヤの旋律だったのは今日初めて知った。

大好きなバスクラリネットの音も気持ち良く、これは条件反射で酒場を放浪したい衝動に駆られた。

Pandit Ravi Shankar 1920-2012





そもそもインドの楽器の中でシタールが最も有名になったのは
パンディットジーの功績と言っても過言ではない。

Ravi Shankar (Robindra Shankar Chowdhury)
1920年4月7日 弁護士で学者、政治家だった
父 Shyam Shankar Chowdhury の末息子としてベナレスで生まれた。

職分制度社会のインドで音楽がその家系で受け継がれている中で、
音楽家とは違う家系から音楽家になり
なおかつインド政府から1999年 Bharat Ratna(インドの宝石)
人間国宝を授与された音楽家だった。

パンディットジーを音楽の道に導いたのは、
舞踊家として成功していた兄 Uday Shankarだった。
Uday Shankar はかつて寺院や宮廷などの閉鎖的環境でのみ踊られていたダンスを、
舞台芸術として確立させた舞踊家でインド国内のみならず、
海外でも人気を博した高名な舞踊家だった。

8才の時に兄の舞踊団に同行するようになり
パンディットジーは次第にシタールに強く惹かれていく。
パンディットジーは舞踊団のシタール奏者の師で、
当時絶大な人気シタール奏者だった Ustad Enayat Khan に弟子入りを望むが、
兄は Ustad Allauddin Khan のもとにパンディットジーを弟子入りさせる。

超スパルタ教育で知られた Ustad Allauddin Khan のもとでの修行を経て、
パンディットジーの輝かしい音楽経歴は大輪の花となり実を結んでいった。


パンディットジーはRagへの深い洞察を基に実にRagに忠実な演奏をされた。
 描き出されるRagの情感は的確でそのプロセスは理知的でとても優雅。

 パンディットジーというとその華麗さばかりが特筆されているが、
あれほど音楽にたいして謙虚なアプローチをする音楽家は他に類を見ない。

そのようなパンディットジーが音楽で多くの試みを行ってきた中で、
最も革新的なことはタブラ奏者に脚光を浴びさせたことだった。

それまではあくまで伴奏者の立場だったタブラ奏者に
主奏者と交互にソロをするチャンスを与え、
相乗的に音楽を高めていくという
今日当然のように行われている演奏スタイルを確立したのはパンディットジーだった。

西欧の聴衆を演奏によってあれほどまで熱狂させることが出来たのは、
Ustad Alha Rakha とのコンビネーションを突き詰めていった当然の結果と言える。




1988年 パンディットジーの日本ツアー大阪厚生年金会館での最終日、
主催者からバックステージを手伝って欲しいと依頼されたときは是非もなかった。


私に与えられた仕事はパンディットジーの楽屋係だった。

しかしそんな大役が私一人に務まるのか?
今でも私の英語は酷いものだが当時はもっと酷かったので、
色々指示されたときに対応できるか不安の方がはるかに大きかった中、
会場でパンディットジーをお迎えした。

緊張しながら最初にお茶とフルーツを楽屋に持って行くとパンディットジーは不在だった。

開演までパンディットジーは楽屋で精神集中していると聞いていたので
拍子抜けしつつホッとしたのは言うまでもない。

楽屋には誰もおらずパンディットジーのシタールが鎮座していた。
Nodhu Murik 製作のNo.4。
今ならば電話を取りだしてパチリと写真に収めてしまったと思うが、
当時のことなので穴が空くほどシタールを見た。

シタールはプージャを済ませたあとで傍らには線香も焚かれていた。

その間パンディットジーは千秋楽だったので
スタッフルームを訪れ労をねぎらわれていたというのは後で聞いた。
勿論それにはスタッフルームの全員が驚かされたそうだ。

お茶が冷めてしまったので入れなおして楽屋に持っていくと
今度はパンディットジーはリラックスされていた。
お茶をサーブして簡単に自己紹介すると
Ajay先生とはMaihar以来の親友だと仰り、真面目に練習するようにと仰られた。

短い最初の会話の間、私は一方的に緊張し息をした記憶がない。

公演の間、そして翌日ホテルからのお見送りまでは
今思えば様々な勉強の場だった。

サウンドチェックから本番が終わるまで出来うる限りのお手伝いをしたが、
今思えば気づくべき事にも気づけず何のお役にも立てなかったと思う。
それどころか逆にパンディットジーがされるお気遣いに感銘をうけるばかりで、
何よりも人々を包み込む巨大なオーラを間近にし
実に幸福な時間をプレゼントされた記憶しか残っていない。


同じ時代に生まれることができたことを改めて喜んでいます。
心よりご冥福をお祈りいたします。


2012/12/12

Pandit Ravi Shankar

訃報が届いた。

もはや説明も必要ないと思われるシタール奏者パンディット ラビ シャンカル氏が、アメリカ サンディエゴの病院で逝去された。
92才だった。

これでインド音楽界はゴールデンエイジの最後の一人を失うことになった。

2012/12/11

滑川インレット

グルバイ(兄弟弟子)から膨大な音源資料をもらったが、ほぼ未整理の状態だった。
中にはRag名や演奏家名の間違いなどが多数あって、いつか整理しようとずっと放ってあった。

これでは宝の持ち腐れだと今年の春頃から整理を試みたが、あまりにもおびただしい量なのと整理に向いていない性格のせいでなかなか作業が進んでいなかった。

あまり好きではないが結局iTuneを使って夏頃から整理している中で、例によって何日分もの作業がパアになる事が何度も起こり、その度にパソコン返しをしそうになるのをぐっと堪えてきた。

昨夜も二度程パソコン返しをしそうになったが、やっと出口が見えてきた。

これで眠れない夜ともおさらば出来るか?

このまま何とか無事に終わらせたいと思っている。

お分けする約束をした方々、どうかもう少しお待ちください。

2012/12/10

印中和

麺屋 波(WAVE) 由比ヶ浜

カレー中華はどちらかというと敬遠していたが、美味しいという口コミ情報だったので食べてみた。

鎌倉野菜がトッピングされたカレーつけ麺。
味は予想に反してとても美味しく、最後の締めのカレー茶漬けまで完食。
カレーつけ汁も麺も鶏チャーシューも玉子も野菜もいい味わい。

茶漬けの際にカレーつけ汁に加える和風出汁は、そのまま合鴨や小松菜、餅を入れて雑煮にしたい位のいい出汁。

よい!

もう少し

真冬のような寒さを感じているのに、紅葉までもう少し。

頑張って欲しい!

2012/12/06

久々に

今日は焼くぞ!

苦手の

羽蟻パターン。
いつも気に入ったバランスに巻けない。


毎朝一本フライを巻いてきたら、どうやらアレルギー症状が出てしまった。
鼻水が止まらず風邪かな?と思っていたら顔が痒くなってきた。
風邪薬も効かない。


フライのマテリアルにはナチュラル素材と化学素材があり、パラシュートポスト以外はナチュラルのものを使っているが、どうもその羽毛や獣毛が原因のようだ。

私の場合使うマテリアルは限られているので、原因は鴨の尻の羽毛か、鶏の羽毛、あとは袋キツネ(袋ネズミ)の毛。

どれだろう?

毎朝一本は休もう。

亜成虫

フライを巻く時に参考にしている刈田敏三さんの著書、水生昆虫ファイルによると、地球上の生物の3分の2は昆虫なのにもかかわらず、亜成虫というステージがあるのはカゲロウだけと紹介されている。

亜成虫 ダン から成虫 スピナーになる際にカゲロウは最後の脱皮をする。

釣り場でカゲロウを見て、その行動でダンとスピナーの見分けがついても、ただ姿を見ただけでは抱卵したメス以外は私には見分けるのが困難だ。

一応それを意識してフライを巻いているが、魚は見分けているのだろうか?

魚が選り好む基準が分かればもっと身軽に釣り場を歩くことが出来るのだろうが、、、

2012/12/05

カレーなんばん

日本のカレーと言えばカレーライスよりこっちかな?
インド人には賛否両論な和食の出汁だけど、とてもよく融合している。
その発祥には諸説あるらしいが、あっぱれな発明!

東逗子の長寿庵のカレーなんばんは、カレー粉を溶かした出汁のあんかけ。

身体が暖まるかと七味をかけようとしたらドバーッと出てしまい、一時的に身体が暖まったがその後ぐっと冷えた。

2012/12/04

昨日の

あと一回位は川へ行くチャンスがあるかと思っていたが儚い希望だったな。

2012/12/02

今日は

四谷 茶会記で brew のライブです。

2012/12/01

師走

少し手が慣れてきたのでフライのサイズを下げてみたら、やはり妙に力が入ってしまう。
バランスが難しい。