2018/09/08

8回目のキートルーダ投与




今日は9月の外来診療の日。



回を重ねるにしたがって少しずつキートルーダの副作用への対処法が分かってきて、胃腸炎はカフェイン断ちをするとかなり緩和されるのが分かった。



カフェイン断ちで日々夢遊病のように過ごしているが、きつい副作用からは解放されてステロイド錠も減らせている。



なので今日もキートルーダを投与することにした。



今までは2回でヘトヘトになっていたので、3回連続で投与するのは初めてのことだ。



今日は血液検査もCTの結果も異常がなかったので、投与するかスキップするかどちらも選べたがチャレンジを選択した。



少しずつ手探りではあるが自分なりの対処法を見つけていきながらキートルーダとも付き合っていけると思う。



今日はキートルーダの投与を担当された看護師さんが、私のカルテを見てその治療歴のあまりの波乱万丈さに同情された。



たしかに自分で思い返してもこの1年10ヵ月は得難い経験のオンパレードだったが、何よりも得難いことは今こうして生き続けていることだ。




今では自分の身体の中で起こることには少々のことでは全く動じなくなったし、精神的にもかなり鍛えられたと思う。




今日の昼食は築地のカレー。




以前放射線治療を受けていた時に一度食べたお店を再訪。




あの時は嚥下困難で完食出来なかったが、今日は食べ足りないくらいの印象。




でもあまり調子に乗らない方が良い。










2018/08/30

Input




ギリギリに滑り込むように縄文鑑賞。




今までに発見された中では世界最古の人の痕跡に挙げられる土器などを含めて、一同に会した展覧会だったので早くから行こうと思っていたが結局最終週になってしまった。




会場には大勢が詰めかけ鑑賞には厳しい条件だったが、陳列されている作品群の迫力に集中力が刺激され全く気にならなかった。




かつて「あなたは前世では縄文土器を作っていた。」と言い切られたことがあり、前世や来世など信じたり考えたことの無い私でもさすがに気になっていた。




それは置いておくことにして実際に目の当たりにした縄文時代の作品群は、強烈なオーラを放ちながら実に饒舌に語りかけてくる。




今までいくつかの縄文土器を見てきたことはあったが、これ程の量の土器や土偶などが一同に会するとその迫力にも拍車がかかる。




ありったけの想像力を駆使して語りかけられる縄文語を理解しようと試みるが、きっと情報量の半分も受け止めることは出来ていないと思う。




土器が煮炊きに使われていたならば表面にはもっと焼け跡が残っているはずなので、やはり水瓶か水鏡に使われていたのではないかと想像する。




最近はあまり見られなくなったが、インドで飲み水は須恵器の壺に入れられていて、それはとても理にかなった貯蔵法だったし今回もそうした水瓶に似た展示品もあった。




そしてやはり火焔土器のようなものは象徴的に飾られていたか、水鏡としてやはり月などを映すのに使われていたように思えてならない。




盃に月を映したり、京都で送り火を映して飲んだりする行為は今でも行われている。




それは例えば一年間の無病息災を願ったりする呪術的又は信仰的行為で緩やかに受け継がれてきたのかもしれない。






長期に渡り各地で同じような形状の土器が作られてきたのに、ある時期を境に全く作られなくなるというのはとても不思議なことで、何かが起こったことは容易に想像出来るが、その変わり身の鮮やかさは現代にも通じる日本らしさなのかもしれない。






いずれにしてもこの国は時代を遡れば遡るほど傾いていくのがよくわかる展覧会だった。









2018/08/21

7度目のキートルーダの投与とその後




長引いていた胃腸炎の副作用からもほぼ解放された。




ステロイドの錠剤を減らしていっても特に変わらないので随分楽になった。





そしてステロイドを減らすと顔の浮腫みも引いてきて、自分らしい顔に戻ってきた。




今回胃腸の調子が悪かった2ヶ月間は実に長く感じられた。




なので今体調が元に戻ろうとしていることにちょっと戸惑うほどだ。




血液検査の結果は回を重ねる度に良くなり今はほぼ正常値になっていて、レントゲンにも何も写らない。




6月に札幌で心膜炎になった時に、心臓と心膜の間に溜まった水からがん細胞が見つかったということで、キートルーダの投与を再開したが、このがん細胞については心膜炎が再発しない限り検証は出来ない。




外来の際に「せめて2cmくらいまでがん細胞が成長しないとレントゲンでもCTでも確認出来ません。」と主治医の先生は言うが、成長されては困る本末転倒な状況。




見えなくて結構ですというか、もっと素直に喜ぶべきことなのかもしれないごが、病気と向き合ってから今までに起こった数々のことを考えると、そう簡単に心が揺れることはない。





ただ間違いなくキートルーダは効いている。




本当に幸運なことに私のがんには驚くほど効果ごあがっていることが実感出来る。




今の唯一の悩みと言えば目が霞むことくらいだ。




この副作用はぶどう膜炎と言うらしい。




しかし当分の間ごく近所以外に車を運転することもないので問題はない。





この2年足らずの間にあまりにも色々なことを経験してきたせいか、軽々しく使えなくなってしまった言葉が沢山ある。





そしてそれと同時に思っているのは、このような経験が出来て本当に良かったと不思議な気持ちで実感している。




病気になってみなければ現在のような心境、感じ方、思い方には到底至れなかったと思う。







言い換えれば病気になるまで気づくことが出来なかったということなので、あまり褒められた話ではないが、この宝物は大切に持ち続けたいと思う。

















2018/08/17

築地へ




外来診療とキートルーダを受けに築地へやってきた。




まだお盆休みなのか道路も病院もすいていたので、検査後受診まで時間に余裕があり築地の場外市場を散歩した。




放射線治療に通っていた時にも散歩したことはあったが、体力的にギリギリで市場のパワーに圧倒されるばかりだったのに比べ、久しぶりに訪れた今日の印象はまったく異なりとても楽しく歩くことができた。




市場は楽しい!




先月後半からライブを休んでいてほぼ自宅で食事をするようになったので、食材や調味料などを把握できているせいもあるかもしれない。




出来れば時間の合間ではなく心ゆくまで見て歩きたいと思った。






今は毎日手をかけられるので冷蔵庫からぬか床を出して目を覚まさせ、面倒を見ていたら漬かり具合が驚くほど良くなった。




この機会にぬかを足したり塩加減を調整してみたり、ぬか床の面白さを知る日々を過ごしている。





やはりいろいろな意味でリラックス出来ているせいもあってか胃腸炎も改善され落ち着いている。




ただ摂っているステロイド剤の量が多いので様子を見ながら減らしていかないといけないようだ。




キートルーダの副作用を抑えるステロイドの副作用。






痛し痒しとはこういう時に使う言葉なのか?









2018/08/09

記念日?




昨年4月の腸閉塞の緊急手術で小腸が分断されて、それから3ヵ月間点滴の栄養で生きていた期間のことは今でも鮮明に記憶しているが、再建手術で小腸が繋がった時のある種の爽快感は決して忘れることは出来ない。




その再建手術から今日で1年が経過した。





今はもうあたりまえの様に食事を楽しめるようになったが、ふと身体のことに意識が向いたり食物そのものに想いがおよぶことがある。




自然とこれまで以上にいい加減なものは口にしなくなっている。





そして点滴生活の低栄養状態から通常生活に戻って一年、大きな変化は爪や髪などの末端に栄養が行き届いてきた実感が感じられること。




爪も割れなくなってきたし、痛みまくっていた髪も戻ってきた。




逆に髪の毛は天然パーマのクセの出方が激しくなってきて、これは自分でもかなり笑えている。





今日は普通に戻れた記念日だ。









2018/08/07

キートルーダの副作用について




これまでの治療でも顕著だった胃腸炎は相変わらずで、食後の膨満感や下痢などはもう慣れたものになっている。




ただ下痢に関しては良いのか?悪いのか?インド生活の中でかなり強烈な下痢を何度も経験してきたので、それほどこたえないし気分もへこまない。





動き回っている時は気も使うのでそれなりに疲れるが、今は治療に専念しているので日常生活はほぼ普段通り送れている。




最近特に気になりだしたのは目の霞みで、特に乱視がかなり進んだような霞み方をする。




読書や運転はほどほどにしなければ後でドッと疲れる。




こうした症状はこれまでも出ていた症状で、時間が経過すると共にしだいに緩和されてきたのでそれほど心配はしていない。




あとは若干の浮腫みも出てきたが、まだ気になるレベルではない。




来週の投与でどう変化していくのか?




今までも3回連続して投与したことはないので、また次の投与で様子を見ることになると思う。




一応今回は3回まで投与出来るだけのスケジュールは確保してあるのだが、身体に聞いてみないことにはなんとも言えないか?










2018/07/25

キートルーダの治療再開




ライブ活動を一時休止してキートルーダの投与を再開した。




春3月に再開したものの2回投与した後3カ月スキップしていたので、3カ月ぶり通算6度目の投与になる。




6月の緊急入院以降先週まで体調を注視しながら動いてきた中で、心配される症状は特になかった。




一応今回の外来診療での検査結果は気になったが、レントゲンの結果も血液検査の結果のどちらも良好だった。




ただ緊急入院した際に心臓と心膜の間に溜まって、抜いた体液の組織検査でがん細胞が見られたので、キートルーダを再開することになった。






キートルーダは「免疫チェックポイント阻害剤」という種類の抗がん剤。




簡単に言うと免疫に攻撃されないように通常細胞のふりをしているがん細胞から、通常細胞の仮面を取り去って免疫に攻撃を促す薬らしい。




この薬が劇的に効いたおかげで私は奇跡的に今でも生き長らえていられるのだと思う。




がんが発覚した時は既にステージ4で、このままならばあと半年で・・という状況だった。




多くの先輩や友人をがんで失ってきた中で、常に漏れ聞いてきた噂は抗がん剤の有効性への疑問とその危険性の情報で、私の意識はそういった情報で膨らんでいた。




抗がん剤を避けた治療を始めてから約3カ月、通常治療の放射線治療の他にも、高濃度ビタミン治療やぬか風呂の温熱療法などを試みていたものの、みるみる衰弱していく身体と圧倒的に進む病状に、抗がん剤治療を受け入れる決断に至った。




発覚以来私も様々な情報を検索して見聞き読み込んできたが、私にとってはそうした抗がん剤情報は少なくとも半分はガセネタだった。




結果的に治療の効果があったかなかったかによって判断されるので、結果は患者の数だけあるといっても間違いではないので、断定的な情報はそもそも疑わしい。







最初にキートルーダを投与した昨年2月頃は、CRP(炎症反応)が高く10メートル歩くだけで疲れ果てるような体調の上、嚥下困難でストローを使って注意深く飲み込まないと水も誤嚥するような状況だった。




投与前に副作用などの説明や注意事項の説明を受けてから治療は始まった。




通常キートルーダは3週間おきに投与されるが、これから3回目という時に腸閉塞になってしまった。




小腸の周りのリンパ節の腫瘍がキートルーダによって小さくなる過程で小腸を巻き込み塞いでしまったのだった。




検査結果ではたった2回のキートルーダの投与で、がん細胞は劇的に小さくなってがんによる危機は脱したのだが、副作用の胃腸炎と肺炎の症状は現れ、特に胃腸炎は腸閉塞と相まって激しい嘔吐と下痢の症状に悩まされた。




そして間もなく3回目の投与の予定日が迫る頃に、腸閉塞が深刻な状況になり緊急入院をすることになった。




結局腸閉塞は緊急手術するまでに至ったが、その頃にはがんの影響による嚥下困難などの症状はかなり緩和されていた。




ただ腸閉塞や胃腸炎の症状が激しく、嚥下困難が緩和している事を実感している場合ではなかった。







昨年の入院中にも1度キートルーダを投与したが、やはり胃腸炎には悩まされた。




今年の2月にインドでシャワーを浴びている時に、左腋の下にしこりがあることに気づき、帰国後の3月からまたキートルーダの投与を再開した。




ただ思い返せばこの腋の下のしこりに気づく前に、昨年末に左肩に強烈な違和感を感じ、五十肩だと勝手に思い込んでいた。





そしてその違和感はしこりが消えると徐々に消えていった。






キートルーダを投与するとやはり副作用の胃腸炎は相変わらずだった。




個人差もあると思うし、私は腸閉塞の手術で十数センチ腸が短くなったせいもあるのか、横になると下痢の症状が現れる。




なので夜ゆっくりと休めず、1時間おきに目が覚めてトイレへ通う。




それさえなければ普通に日常の生活を送りながら治療を続けられるのだが、なかなかそういう訳にもいかない。




仕方なくライブやツアーの予定はかためてブッキングして、その間はキートルーダの投与はスキップしている。




胃腸炎と肺炎以外の副作用と思われる症状に嗅覚障害があり、約5ヵ月前から始まったが最近かなり緩和されてきた。




主治医の先生によると嗅覚障害の例は、私以外にも一例だけ聞いたことがあるらしい。




今回キートルーダの投与の時に看護師さんの問診の中で、何故3カ月スキップしたのか?という質問に、下痢がひどくなって仕事に差し支える程だったのでと答えた。





「それじゃあやはり食欲は?」との問いに。




「それは問題なくしっかり食べています。」と答えると。





看護師さんは3秒程絶句していた。













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