2017/06/20

カンファレンス




昨日は退院に向け自宅での治療の継続について、がんセンターの先生と訪問看護の病院スタッフと私と家族の間で、確認事項などの話し合いがあった。



手術前までキートルーダは投与する予定なので、副作用による肺炎と胃腸炎に対応した抗生物質やステロイドなど薬品の確認。




点滴ポンプやルートのチューブの種類等機材関係の確認をした。





これで退院後も自宅で病院同様のケアを受けられる。



そうでないと安心してキートルーダの治療を継続出来ない。




いよいよ退院も現実的に感じられるようになった。





色々あって長い時間がかかってしまったがやっと家に帰れる。






やはり楽器はヘソを曲げまでいるんだろうな。





なんとかチヤホヤとご機嫌をとって言うことを聞いてもらおう。







退院予定日は6月30日に決定した。







長かった・・・










2017/06/19

Dhaba Bukhara







































この店はもう全てが規格外。




熾火を使って24時間煮込むダルブカーラやテーブルサイズのナンブカーラも、美味しさとエンターテインメント性を併せ持っている。





普段ロティ派でナンは食べない私もここでは友人と巨大なナンに挑戦する。





料理のルーツはアフガンから中央アジアにかけてのレシピらしくハラルではない。





なのでアルコール類も充実している。





ここのラーンはマリネ液にアイラーモルトを混ぜていて、独特でスモーキーな風味が抜群な味わいを生んでいる。




全てのメニューに独自の路線を築きDhaba(食堂)と名乗っていながらゴージャスさを追求している。





味もサービスも最高を目指しているのでとてもリラックス出来る。





個人的な思いとしては是非インドにはミシュランガイドの侵入を拒んで欲しいと願っている。






それなりの値段の店だがそれ以上の満足度をしっかり返してくれる。














2017/06/18

最終目標

































朝起きて渓へ釣りに行き


山女魚や岩魚を釣って帰り


夕方マチュルジョルに調理して


夜に美味しくいただく






そんな生活まで



一年以上のトレーニングが



必要かもしれない









渓流を何kmも釣り歩く体力を取り戻すのが最終目標だとすると、ちょっと気が遠くなってくる。




実際リハビリの先生からはまだ杖なしの歩行は許されていない。




私の足はまだ元の4割程度の筋力しか戻っていないということだ。





これから来シーズンの禁漁までに間に合うだろうか?




もしかすると再来シーズンまでかかるかもしれない。





普段コルカタで食べているマチュルジョル(魚カレー)の味を求めると、渓魚が最も近いように思う。





コルカタでポピュラーな鯉系の魚も考えられるが、タックル(釣り具)が汚れて掃除が大変なので下流で釣りはしたくない。





視点を変えてベトキマーチのマチュルジョルならば、シーバスで代用出来るので釣りも両立するが、やはり淡水魚の方がよりベンガル料理のイメージを彷彿とさせる。





ちなみにベトキマーチは日本名は赤目と言い、英語ではバラマンディと言う魚でシーバス(鱸)によく似た味がする。





コルカタで食べているベンガル料理は、インドの中でも特にマサラを抑えた薄味で繊細な料理なので、渓魚の味は際立つし、渓魚も塩焼きばかりではすぐ飽きる。





ベンガル料理は素材の味を大切にする日本人にも受け入れ易いレシピだと思う。





だいたいインドの味覚を代表?する路上スナックなどは、食べると同時に甘さと酸っぱさと辛さが同時に襲ってくる。






その複雑に織り成されている深い?味わいの中から素材の味を見いだすのは日本的ではない。







再び渓魚のマチュルジョルを食べるためにもひたすらリハビリをして、日常生活を取り戻したら、そこから渓流の遡上のトレーニングに励まなければと思う今日この頃だ。









最終目標が元に戻すというのは消極的だろうか?










かと言って、目標が富士登山なんて口が裂けても言えない。
















折り返し地点




緊急手術から一カ月半経ち、最短ならばあと一カ月半で再手術を受けられる。




水以外絶飲食生活もやっと中間地点だ。




未だ長い道のりだが、あと半分だと思うと少しは気が楽になる。





正直5月に手術を受けるまでは一生手術なんてしたくないと思ってきたが、今は8月の手術を待ち遠しく感じている。




受けなくていい手術ならば絶対に受けたくないが、手術を受けたらまた食事を摂れる普通の身体に戻れると思うと話しは別だ。




やはり欲望は苦痛を凌駕するということか。





相変わらず日々食べたい物を想像しているが、最近はタイ料理が気になって仕方がない。




どうやら傾向として次第に刺激の強い物に魅かれていくようだ。





最後はブータン料理が気になって仕方なくなるのだろうか?





インドに通い始めた頃はフライトの乗り継ぎで最低一泊しなければならなかったので、バンコクに寄りタイ料理を食べながら数日過ごしたりしていたが、乗り継ぎのスケジュールが改善されてからはもう25年以上乗り換えで数時間空港に滞在するだけだった。





また、最近はデリーへ直行便でイン・アウトすることが増えてタイはすっかりご無沙汰だった。





タイ料理はコルカタで時々食べに行っていたが、今はどちらかというとバンコクの屋台飯が猛烈に食べたくなっている。





タイスキやタイ風鶏飯、ローストダックや麺類も、考え出したらキリがなくなってきた。





勿論化学調味料の使用は承知の上だ。





ジャンク上等‼︎






実際運良く食べられるようになっても最初は重湯から始まって、3分粥、5分粥、全粥と段階を踏んでいくだろうし、そうするとインドやタイの出番は随分後ろの方に控えていると思う。










待たされるほど求める刺激はうなぎ登りなのか。










もう少し現実的なものの考え方を出来ないものだろうか。













Karim










































デリーであまりにも有名なムガール料理の店 Karim。






ムガール帝国最後の皇帝Bahadur Shah Zafarに仕えた宮廷料理番の流れをくむ家族の店で、今でもその末裔が経営しチキンムグライを考案した店と言われている。






もう20年以上デリーへ行く度に通っているが本店の変わらぬ味と繁盛ぶりはさすがだ。






ロケーションもオールドデリーの濃ゆいエリアなので、アプローチも含めて誰を連れて行っても好評な店だ。






日本の神社仏閣ならば門前の店ではそばかうどんで決まりだろうが、オールドデリーのジャママスジッドの門前ではがっつりノンベジというのがあっぱれだ。





お参り後が楽しみでしょうがないだろう。







私はこの店の味だけではなく雰囲気もとても気に入っている。





ここではチキンムグライは勿論のことラーンやブラ、カバブも旨い。






デリーには肉料理の美味い店が他にもたくさんあるが、Karimはやはり肉好きにとっての聖地と言える。






ショウガベースで味つけされたラーンやニンニクベースで味つけされたブラ、看板メニューのチキンムグライやコルマも全て伝統を守った味つけで見事。







ムガール宮廷の味を想像させてくれる。








個人的にはムガール王の名前を冠したチキンジャハンギールが爽やかで好みの一皿だ。













外出







外出し、外の世界に触れてきた。



約2ヶ月ぶりにシャバの人とも交流出来た。




築地本願寺で行われた声明と笛のコンサートにシタールとタブラの後輩が出演、舞も加わり豪華なコンサートだった。




ごく近所だが本願寺までは車椅子、本願寺に着いてからはリハビリ室で練習した階段もクリア、シュミレーションどおりにクリアして無事病室に戻った。




youtubeも含めてシタールの音を聴いたのは外の世界と一緒の約2ヶ月ぶりでとても新鮮に感じた。





車椅子ではあるものの外に出てみると自由になったかのようにとても解放された気分を味わえた。






外出から戻って看護師さんから検診を受けている時に、看護師さんから「10歳は若返って見えますよ。」と言われた。







実際音楽の癒やし効果か、人と接したせいか、微熱気味だった体調もすっかり治まり快調になった。











不思議なものだ










2017/06/17

やってみる




昨日は実際に自分の点滴ポートから針を抜く手技に挑戦した。



やはり目の前の模型で練習するのとは大違い、自分の右鎖骨の位置はとにかく見づらい。



また右鎖骨の位置だと利き手を縮めないと針に触れられないので思った以上に難しい作業になった。



まああと2〜3回やってみれば手が慣れて問題なく出来るようになるだろう。



点滴液が漏れるような非常事態には迅速に対応しなければならないので、抜針は覚えておく必要があるということだ。




次回はポートに針を刺す作業にも挑戦しようと思う。





点滴ポートは今や私の口の代わりを務めてくれているので注意深く観察する必要がある。




今や栄養の入り口と出口が人工物になってしまいどちらも定期的なケアが必要という始末。



現代の医療あってこその今この時間・瞬間をありがたく過ごす。





最近は使用している点滴の薬の名前も全部覚えてしまい、2種類ある痛み止めの薬も名前で指定して看護師さんにリクエストしている。



効き方と効果が微妙に違う2種類の痛み止めを上手く使い分ける方法も身についた。



なんとなく医療に詳しくなったつもりでいる。







愚か









2017/06/16

何回目?




昨日はCTの撮影があった。



今まで何回撮影しただろう?もう覚えていない。



撮影の際の造影剤の注射も最初は身体が熱くなる感覚に驚いたが今ではもう慣れてしまった。



しかしその映像を見る度に病巣は小さくなっていき、この治療を続けていけば癌細胞は消えてしまうのではないか?という淡い期待も持ってしまう。



主治医の先生もその効果に驚くほどなので、私の場合はキートルーダによる治療は期待出来ると思う。



ただ今回も薬の副作用による肺炎で発熱したので、経過を丁寧に診ていかなくてはならない。



今回の入院の原因となった胃腸炎と肺炎がこの薬の副作用でまさに諸刃の剣と言ったところだろうか?



ただどちらも抗生物質やステロイドで抑えられるので、今後在宅になった場合は自分でその異変を敏感に察知する必要がある。



それらのリスクを承知の上でこの免疫療法は続けていけたらと思っている。







昨日は他に点滴ポートへの点滴針の抜き刺しと針を固定する処置の練習もした。



この手技もほぼ覚えられ手も慣れてきた。








リハビリも含めるとそれなりに忙しい入院生活だ。







2017/06/15

ゆっくりと





欲張ってあれこれと用事を済ませようとしたら途中でエネルギーが切れた。




やはりまだまだなんだなと実感させられる。




少しずつ騙し騙しやったつもりでもそうは問屋が卸してくれなかった。




普段朝飯前だったことが大仕事に化けていた。




日常に戻って初めてどの位衰えたのか気づくことができた。




これは面白くなってきたぞ、と心に火が点いた。







入院中は今までの生活習慣を見直すため、作ってきた食事を見直したり、レシピを再検討したりしてきたが、近頃は空腹感を感じてそれもままならない。





それだけ元気になったということなので、これからは空腹感との葛藤の日々が予想される。





youtubeに上がっているレシピも随分参考にし、恐ろしい数のブックマークを保存した。





24時間がかりで約1700kcalの贅沢な栄養を点滴で摂っていてもお腹は膨れない。









術後約1カ月間の胃のリハビリ期間を終えた後、その来たるべき時に何を食べるのか今から楽しみだ。







と言っても多分半年位は胃腸のリハビリ期間になるんだろうなと思っている。












2017/06/14

日常生活への道




外出の許可がおりて準備を始めた。



昨日はリハビリ室へ行き階段トレーニングや床から立ち上がるトレーニングをした。



普段当然のようにしてきたことが出来なくなり、リハビリで少しずつ戻してきたが、やっと日常に戻る現実的なトレーニングが始まった感じ。



元に戻るまでにはかなり長いスパンで考えてリハビリする必要があるが、日常生活を送る最低限の運動機能はそろそろ備わってきたような気がする。



しかし筋肉が落ちる時の早さに比べ、トレーニングして戻る時の遅さは実に歯痒く感じてしまう。



今のテーマは体幹の筋力。


バランスが崩れた時に立て直せる筋力をなんとかつけたい。







リハビリ室でのトレーニングの終わりに握力計で握力を計ったら、想像以上に低い結果でショックを受けた。










Shiraz Golden Restaurant























コルカタでムガール料理が根づいたきっかけは、イギリスがワジット・アリ・シャー(1822〜1887)をオウド(ラクノウ)からカルカッタ(コルカタ)に強制的に移り住ませたことにより始まった。




イギリスに最後まで抵抗し続けてきたオウドがいよいよ征服されようとした時、イギリス軍が王宮に攻め込んでいくと家臣達が皆逃げて誰もいなくなった王の居室のベッドの上にワジット・アリ・シャーがぽつんと座っていた。




イギリス軍の将校が「家臣が皆逃げたというのに王様は何故逃げなかったのですか?」と訊くと、「朝、私の履き物を持ってくる家臣が来ない。」と答えたという。



そしてワジット・アリ・シャーと接していくうちに、このナワーブ(王)は今まで征服してきた国のマハラジャとは違う、オウドに置いていてはまずいと考えたイギリスは首都カルカッタで直接管理下に置くことにした。




ワジット・アリ・シャーは趣味に没頭するあまり、王として国を統治する能力に欠けていたと言われているが、このナワーブ(大公)が当時のカルカッタに与えた影響は計り知れず、音楽・舞踊をはじめとする芸術分野から料理・スイーツにいたるまでこの地に爆発的な発展をもたらした。







Shirazはコルカタでムガール料理を食べられる伝統的な老舗レストラン。





他にもAminiaやArsalanもムガール料理の老舗レストランもあり、それぞれスペシャリテを持っている。





Shirazは私が最も長く通っているレストランの一つだが、毎回何かしら感心させられている。





先ず何よりここで使われている肉はとにかく美味い。





味つけは勿論だが肉自体の味が滋味深くさすがと言う他はない。





そして重要なメニューのムグライ系のホワイトグレービーも、コルマ系のレッドグレービーも見事なレシピでブレがない。





個人的にはここのチキンチャップは絶対に外せない。






そしてここの鉄板メニューはムグライ系のマトンレザラ。








それはそれはヤバい美味い一皿だ。