2017/08/21
2017/08/18
流動B食から術後流動食に
今日から流動食の内容が変わった。
昨日までは朝が味噌汁、昼がコーンポタージュスープ、夜がチキンコンソメスープで、味噌汁が一昨日の煮干しの出汁から昨日の鰹出汁に変わった以外同じ味だった。
今朝は重湯に味噌汁と葛湯、そして牛乳。
味噌汁の量も昨日までの2倍になった。
今朝は鰹出汁に米麹味噌と麦味噌を合わせているようだ。
私の場合は普通の術後患者よりもかなりゆっくりと食事のプログラムが組まれている。
2日ごとに内容が変わり何事もなければ再来週には待望の普通食になる。
それでも昨日から品数も量も格段に増えた食事の内容には大満足。
お腹の具合がいいのもとても嬉しい。
それにしても病院食は味が物足りないと言われているが、今の私には病院食でさえガッツリと味を感じているので、いろいろ食べに行きたいお店はあるものの外食など当分の間無理なように思う。
2017/08/17
2017/08/14
2017/08/10
2017/08/06
2017/08/01
2017/07/31
点滴ポート撤去
昨日点滴ポートが外された。
原因不明の発熱があり、ポートを体内に埋め込んでいるのが原因かというのが理由だったが、幸い因果関係は不明なものの次第に熱も下がった。
食事から栄養を摂取する場合は胃や腸から栄養をゆっくりと吸収していくが、高栄養の点滴の場合は心臓に近い静脈に入れて、栄養の吸収は肝臓が一手に引き受けていたため肝臓も疲れていたようだ。
今回の入院後すぐに高栄養の点滴は止めて肝臓・腎臓の機能回復を試み既に血液検査の結果でも改善が見られる。
今まで3ヶ月間口代わりに栄養を摂取してくれていたポートを外すのは感慨深く、様々な感情もよぎっていくが、来週の手術に向けて着々と準備が進んでいることへの期待感の方が今は勝っている。
2017/07/27
2度あることは
一昨日の外来から帰宅してから調子が悪くなり、結局昨日から緊急入院することになった。
前回バイパスした小腸から少し上が閉塞してしまった。
今回は人工肛門からカテーテルを通して閉塞は解消された。
予定通りならば月曜日からの入院だったが、予定が3日程早まったことになる。
いずれにしてもこれから手術に向けた調整をして、ストマ人工肛門を落とし小腸をもとどおり再建する手術をする。
やっと普通の生活に戻り食事を摂れるようになる。
長かったがそれなりに色々あって大変だった。
これから食事をしてそれらをしっかり消化していかれるか軽く不安も過る。
結局今回3回目の入院も結局緊急入院になった。
出来れば闘病に波乱はいらないと望んでいるが、常にどんでん返しの連続、まるでヒッチコックの映画みたいだ。
2017/07/19
検査結果
前回の退院間際に撮ったPET-CTの結果、現在活動していると思われるガン細胞は無くなったらしい。
これまで影響を与えていたガン細胞は、キートルーダによってCTやPET-CTでは確認出来ない程小さくなり、活動をしていない状態か、もしくは死滅したということだ。
この状態がこの先どの位続くかは未知数ということだが、ひとまずこれ以上の結果はないという嬉しい検査結果だった。
今後は寸断されている小腸を繋ぐ手術を受けてから、じっくりと身体を作り直していこうと考えている。
色々と激しく揉まれてきたが、本来の目的だったガン細胞の退治が出来たことには感謝以外の何ものでもない。
キートルーダは一応2年間投与し続ける薬ということなので、今後体調が万全な状態に戻ったら投与を再開することになると思う。
検査結果を主治医の先生から聞いた時は、「これは喜ぶべき結果ですよね?」と思わず確認し直してしまった。
実際ここまでの結果は望んでいたものの、期待はしていなかったので感動的だ。
プレゼントされた大切な時間を感謝して過ごしていきたい。
予定どおり
実は半信半疑だったのだが今朝再度撮影したレントゲン結果が良好だったのでドレーンチューブが抜かれた。
そしてまた半信半疑だった退院日も明日に決定された。
ただ手術の日程だけは延期され未定になった。
それが一番気になっているのだが、スケジュールは来週の外来までお預けか。
でも実際に退院するまで何が起こるか分からないと、かなり用心深くなってるいるのも事実。
病気になって性格まで変わってしまったか?
この慎重さは去年までの自分には全く無かった要素だと思う。
再発には気をつけなくてはならないものの、まずは気胸の回復を喜びたい。
ドレーンチューブを抜いた時からの痛みも落ち着いた。
帰ったらまた忙しくなる。
2017/07/18
パス
レントゲン結果は上々でこれから退院準備が始まる。
肺もしっかりと膨らんだようなので明日ドレーンチューブを抜けるようドレーンバッグは遮断された。
ドレーンチューブは入れた時と同様に麻酔をして抜き、抜いた跡は縫合するらしい。
5月に緊急手術をした時はお腹に何本のドレーンチューブを刺していただろう?
現実を受け入れ難く、またその姿を自身で見ることも出来なかった。
実際人が血を流しているのを見たらサッと血の気が引いて貧血状態になるような私が、自分自身のそのような姿を注視出来るわけもない。
それから考えると今では随分慣れたというか根性が座ったようだ。
手術の縫い跡も今では愛おしく見えてならない。
これからは順調に進んでくれることを願うばかりだ。
2017/07/17
経過と今後について
3日間安静を心がけて過ごしたら肺からの空気の漏れは無くなったようだ。
明日朝のレントゲンで肺がしっかりと膨らんでいればもう一安心。
酸素飽和度も上がってきたし息苦しさも無くなったので、自覚症状としてはもう元に戻ったように感じている。
今までは問題が起こったとしても自分で何とか克服出来ることばかりだったが、今回の病気は自分ではどうすることも出来ない何とも歯がゆい時間ばかりが過ぎている。
振りかえってみたら闘病生活も8カ月が経ち、その間に色々なことを経験してきた。
それらのこと一つ一つが今後の自分にとってとても重要な要素となっていく予感もする。
出来ることならばこれ以上痛い思いはしたくないが、今はもう何でも受け入れることが出来るような気もしている。
これから復帰に関して注意深く計画していきたい。
2017/07/15
ドレーン3日目
昨日は5時間置き位のタイミングで痛み止めの点滴をしながら寝て過ごした。
点滴が遅れると吐き気に襲われる程痛んだので注意深く様子を見ていた。
今日は朝から痛みも感じなかったが、リハビリで歩いてみたら痛みだしたので痛み止めを入れ大人しく過ごすことにした。
驚いたことに2週間家で過ごしてみたら、歩くスピードが格段に早くなっていた。
日常生活のリハビリ効果は他にも出ていて、動作一つ一つに変化は見られる。
ベッドからの立ち上がりでは特に顕著で、あまりにもすんなりと立ち上がれるので自分でもかなり驚いている。
ドレーンチューブも明日にはもう少し慣れて痛み止めも減らしていけそうだ。
連休明けのレントゲンで思うように肺が膨らんでいて、そのまま定着してくれるのを願うばかりだ。
レントゲン結果
朝のレントゲンの撮影結果でかなり肺は膨らんできたらしいので、新たに陰圧をかけるような処置の必要はなさそうだ。
自覚症状でも息苦しさは解消されつつある。
ただ痛み止めの効果が切れる度に襲ってくる痛みはかなりきつい。
胸から太いドレーンチューブを刺し込んでいるのでこれは仕方ないだろう。
しばらくは痛み止めと仲良しだ。
大人になってからは整形外科以外全くの医者要らずで過ごしてきたが、ここへ来て治療のフルコースを経験しているようだ。
今まで病気とは無縁なのだという全く根拠と裏付けの無い自信と共に生きてきたような気がする。
それはそれでとてもラッキーなことと感謝しているが、自身の身体が発する声によく耳を傾けなければならない時期に来ていたことに気づかなかったようだ。
主治医の先生の話では今回の気胸も、キートルーダが効き過ぎてしまったことによる副作用ということ。
たしかにCTの画像を見ると肺の影が消えかかっている。
その部分に穴が開いてしまったようだ。
悲喜こもごもとはこういう時に使う言葉だろうか?
入院したのは奇しくも前回と同じ病棟の同じ部屋の同じベッドだった。
気恥ずかしさ100パーセントで病棟に戻っていくと、看護師さん達が皆笑顔で迎えてくれ少しだけ救われた。
2017/07/14
胸部ドレーン
これから付属物が外れていく方向だと思っていたが、新たなチューブが1本刺さった。
穴が開いてしぼんだ肺のまわりの空気を抜く為のチューブだ。
まわりの空気をチューブで抜いて肺を膨らまそうということらしい。
以前ならば身体にチューブが刺さるといったらうろたえて大騒ぎだったが、すんなりと受け入れている自分に驚いている。
麻酔を打つ時に痛みを感じたが、処置自体はそれほど苦痛ではなかった。
神様が気を使ってブログのネタを提供してくれたのか、まったく気を抜くことの出来ない山あり谷ありの闘病生活だ。
まだまだこの先何が起こるか皆目見当がつかない。
昨日はてっきり手術へのカウントダウンが始まるものだとばかり思って外来に来たので拍子抜けした。
そして軽く凹んだ。
つかの間のシャバの空気だったな。
2017/07/07
愉しみ
早いもので間もなく退院から2週間が経ち、最初の外来がまじかに迫っている。
今回の外来は手術に向けた各精密検査と、内科と外科両方の主治医の診察がある。
精密検査の結果が全て良好ならば手術の日程調整に入り、月末の外来の時にはスケジュールが出されると思う。
水だけ生活も出口が見えてきた。
改造?された身体も元に戻ることになる。
一応下げ止まっている体重もその後戻っていくと思うし、骨格模型のようになってしまった身体も見納めになるだろう。
そしてこれまで延期に延期を重ねてきた復帰の計画も現実味を帯びてくる。
今ならではの愉しみは水の味くらべ。
今までは漠然と好みの水を選んで飲んでいたが、この機会にしっかり検証してみようかと思う。
1週間経過
退院から1週間が経った。
自宅ではやる事も多いので時間が経つのも早く感じられる。
週1回の往診に週2回の訪問看護、点滴など薬品を届けに来る薬局の人他、普段よりも人の出入りも多い毎日だ。
長期間放置状態になってしまった車の不調の修理を友人に託したり、特にこの1週間はいろいろと凝縮された時間だった。
残り3〜4週間で自分のペースでのリハビリを進めていきたいが、まだまだシャバの用事は目白押しのようだ。
でもこうして自分自身で物事を片づけていかれることが嬉しくて仕方がない。
思った以上に疲れてショックを受けてたとしても、術後に身動き一つに全身全霊を傾けなければならなかったことを考えれば、何と自由になったことか。
衰えてしまった筋肉は一朝一夕には取り戻せそうもないが、毎日積み重ねていく作業は嫌いではない。
何れにしても暫くは地味な動きでも精一杯なリハビリ生活の日々だと思う。
2017/07/06
点滴ポンプ
家で使っている点滴のポンプは喋る。
病院で使っていたものに比べるとかなりコンパクトで、単三乾電池でも駆動する。
病院のポンプはアラーム音とディスプレーで知らせるが、これは状況を喋って知らせる。
持ち運びも想定しているものだが、電車の中で突然喋り出されても困るな。
点滴の交換や薬品の混注にも慣れてきて、途中痛み止めを使っても点滴スピードの調整で1日の点滴量を落とすのも問題無く出来るようになった。
考えてみれば買い物に行って料理をし、食べて後片付けをすることを思えば簡素で未来的な栄養摂取かもしれない。
元の生活圏に戻ってみると歩く速度なども以前のスピードで歩こうとしがちになるが、それは今の体力とはかけ離れたスピードなことに気づく。
マンションの廊下はさすがに点滴ポールを押して歩けないので、点滴を外して動いているが、身軽さも手伝ってリハビリで病棟を歩いてきたスピードとは極端に違うようで息が切れる。
やはり環境の変化が心理的に与える影響は大きいようだ。
少しずつシャバに慣れつつある。
2017/07/05
セフトリアキソンナトリウム
抗生物質の投与で肺炎の症状も落ち着いてきた。
6月前半に最後のキートルーダを投与してから約2週間後に微熱が始まり、その後それが肺炎に伴う症状だとわかるまで時間がかかった。
なぜなら咳や痰の絡みが余りなく特定しにくい症状だったからだ。
しかし今回は咳や痰の絡みから始まるとてもわかりやすい肺炎で、熱は平熱のままという前回とは逆の症状。
印象としては前回の肺炎が治りきっておらず微かに残っていたのかと思う。
今回は短い時間に激しい咳が続いたせいか咳の筋肉痛が残っている。
今回のこの肺炎は確実に治しておかなくては。
外科の先生から聞いただいたいの目安ではあるが、再手術まで1カ月をきった。
それは食事を摂れるまでの期間と繋がっているのでもう指折り数えている。
何と言っても今年は1年の4分の1の3カ月間食事を摂れない異常事態だ。
まったく何て年なんだ2017年。
2017/07/04
2017/07/03
病状報告
今年もあっという間に後半に突入してしまった。
前半は全て闘病に費やしてきた。
病気が発覚したのが昨年11月だったので、8ヶ月間ずっと病気と向き合っていることになる。
悪性リンパ腫、頸部と胸部と腹部のリンパが大きく腫れていた。
当初ステージ4を宣告され頸部に放射線治療を始めた時は、出来るだけ食事療法や民間療法を取り入れて抗ガン剤治療だけは避けるつもりだった。
ネット上の情報でも人からの情報でも、抗ガン剤治療には疑問を持っていた。
多くの友人からも情報を寄せられ、昨年11月から暮れにかけては、それらの治療と放射線治療に集中していた。
その頃には頸部のリンパの影響で嚥下困難な状況も始まっていた。
頸部のリンパの腫れは放射線治療によって一時的に小さくなった。
頸部への放射線治療が済んだ時に、主治医から抗ガン剤治療に移ることを勧められたが、踏み切る気持ちにはなれず考えさせて欲しいと答えを濁した。
そして今年になってから胸部のリンパへの放射線治療に移った。
しかしその頃には炎症反応も高くなり体調的にきつい状況になり、一度回復した嚥下困難もまた始まりそれまでの治療法の限界を感じ始めていた。
体力の消耗も激しかった頃に放射線治療の医師からも抗ガン剤治療を勧められ、3月から抗ガン剤治療始める決心をした。
主治医と抗ガン剤治療の相談を始めた時に、丁度使用の為の検査が解禁になった薬があるということを聞かされた。
それは通常の抗ガン剤と違い免疫療法の抗ガン剤ということで、ただそれを使用できるかどうか、またそれが効き目があるか極端な個人差があるということだった。
それはキートルーダという薬で使用の認可が下りたばかりの薬で、検査の結果それが使用出来るということになり投与を始めた。
キートルーダは他の抗ガン剤同様やはり副作用があり、それは肺炎と胃腸炎が代表的な副作用だと聞かされていた。
頸部・胸部は放射線治療を施していたので、私にとっての不安は腹部のリンパ節の違和感だった。
キートルーダは3週間に1回投与する薬で、第1回目の投与から2週間が経った頃その効き目が発揮されだした。
まず一番確認しやすかった頸部のリンパ節はみるみる萎んでいき、再び酷くなっていた嚥下困難も解消されていった。
その頃始めて治療に希望が持てる状況が訪れたと言っても過言ではない。
炎症反応も下がり体調的にも楽になり、日常生活を送れるようになると思わせてくれた。
ところが2回目の投与から2週間が経った頃から胃腸炎の副作用が始まった。
まさか副作用に襲われるとは思っていなかったので、食事は普通に摂っていたが、最初嘔吐から始まりその後激しい下痢に襲われた。
体調は最悪の状態になり3回目の投与の予定を前に緊急入院することになった。
入院してからは肺炎に対しては抗生物質、胃腸炎にはステロイドを投与し、1週間程で症状も落ち着きそろそろ退院も見えてきた頃、不安だった腹部のリンパ節の辺りに違和感を感じ始めた。
それはキートルーダによってリンパ節自体は萎んだものの、それまで圧迫されていた小腸が癒着して塞がった為に起こった腸閉塞だった。
そして緊急手術を受けることになった。
それ以降はリアルタイムにブログに記してきたとおり。
手術から2ヶ月、長く続いた痛みも癒えて現在は再手術に向けて体力の回復に努めている。
がん細胞は驚く程小さくなり体調への影響は全く無くなった。
現在分断されている小腸を再手術で繋いで食事を摂れるようになるのが今後1カ月の目標になっている。
2017/07/01
リラックス
当たり前のことだがやはり自宅はリラックス出来る。
長い入院生活だったので後半は自分でもリラックスしていたつもりだったが、家に帰ってみるとそれまで気を張っていたのがよく分かった。
体調もすこぶる調子いい。
一昨日から点滴に混注するステロイドも減ったが胃腸の方は全く問題ないようだ。
家に帰るなり体調を崩して病院に逆戻りみたいなパターンもありえるかも?と考えていたのでとりあえずホッとした。
目標の体力づくりは、単純に考えれば良いものを食べてというのが最初の一歩だが、それが叶わないのでオーバーワークにならないよう気をつけながらのリハビリが主になると思う。
トイレや風呂場に手すりが設置されたので、普段の動きには不自由しないですんでいるので、あとは早くそれらを外せるようにすること。
まだ自分自身の動きでいっぱいいっぱいだが、最終的にはそれなりに荷物を持って移動出来るようにならなくてはと思うと軽く気が遠くなる。
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