2019/07/05
2019/06/29
外来 キートルーダ・スキップ
9週間ぶりの外来診療。
3週間に1度の間隔で投与してきたキートルーダだが、今回はスケジュールの都合で長い間隔が空いた。
前回の外来後ステロイドを止められないかと試してみたが、5月前半に札幌で風邪をひき、処方薬を飲んでもすっきりと完治せず、ステロイドを飲むことによって治ったので、結局それ以来ステロイドを再開し飲み続けてきた。
それ以降は炎症も安定してきたが、痒み・蕁麻疹は完全に抑えることは出来ていない。
体力の回復と共に副作用も和らいできて、今は痒みだけが残っているように感じているが、やはりまだ微妙にステロイドの抗炎症作用に助けられているようだ。
ツアー中はとりあえずシャワーを浴びる時に考え得るリンパの場所を触ってみて、異常がないか自分で出来るチェックは怠らずに演奏活動を続けてきた。
体重も若干ながら増えている。
3週間ごとのキートルーダもさることながら、血液検査とレントゲンやCTなどのX線の検査から離れる不安もあったが、自覚している体調が良好だったので、音楽に集中出来た9週間だった。
特にこの期間中に味覚と嗅覚が完全に戻ったことは特に嬉しい変化だ。
あえて強い味のものを避けて淡い味付けの食事を心がけてきたが、最初は全く味を感じない状態から徐々に戻っていく感覚を楽しめた。
あとは渓流を歩けるだけの筋力が戻ったら、ほとんど健康体に戻ったような印象さえ感じているが・・・。
今年前半はオファーされた仕事は出来るだけ受けて活動してきたが、後半はなるべく予定をセーブし、全体的にバランス良い体力作りをしていこうと思ってスケジューリングしている。
必要上の都合で楽器を弾く為の筋力作りばかりを優先してきたので、今はちょっと全身のバランスが良くないように感じている。
そして今日の検査結果。
血液検査はもう健康体の数値が並んだ。
しかしCTの画像では肺とリンパに影が映っていた。
ただその影がガン細胞のものとも、キートルーダによる肺炎のものとも違っているらしく、かなり主治医の先生を悩ませた。
結果9週間ぶりのキートルーダ投与はスキップされた。
微妙な成り行き
3週間に1度の間隔で投与してきたキートルーダだが、今回はスケジュールの都合で長い間隔が空いた。
前回の外来後ステロイドを止められないかと試してみたが、5月前半に札幌で風邪をひき、処方薬を飲んでもすっきりと完治せず、ステロイドを飲むことによって治ったので、結局それ以来ステロイドを再開し飲み続けてきた。
それ以降は炎症も安定してきたが、痒み・蕁麻疹は完全に抑えることは出来ていない。
体力の回復と共に副作用も和らいできて、今は痒みだけが残っているように感じているが、やはりまだ微妙にステロイドの抗炎症作用に助けられているようだ。
ツアー中はとりあえずシャワーを浴びる時に考え得るリンパの場所を触ってみて、異常がないか自分で出来るチェックは怠らずに演奏活動を続けてきた。
体重も若干ながら増えている。
3週間ごとのキートルーダもさることながら、血液検査とレントゲンやCTなどのX線の検査から離れる不安もあったが、自覚している体調が良好だったので、音楽に集中出来た9週間だった。
特にこの期間中に味覚と嗅覚が完全に戻ったことは特に嬉しい変化だ。
あえて強い味のものを避けて淡い味付けの食事を心がけてきたが、最初は全く味を感じない状態から徐々に戻っていく感覚を楽しめた。
あとは渓流を歩けるだけの筋力が戻ったら、ほとんど健康体に戻ったような印象さえ感じているが・・・。
今年前半はオファーされた仕事は出来るだけ受けて活動してきたが、後半はなるべく予定をセーブし、全体的にバランス良い体力作りをしていこうと思ってスケジューリングしている。
必要上の都合で楽器を弾く為の筋力作りばかりを優先してきたので、今はちょっと全身のバランスが良くないように感じている。
そして今日の検査結果。
血液検査はもう健康体の数値が並んだ。
しかしCTの画像では肺とリンパに影が映っていた。
ただその影がガン細胞のものとも、キートルーダによる肺炎のものとも違っているらしく、かなり主治医の先生を悩ませた。
結果9週間ぶりのキートルーダ投与はスキップされた。
微妙な成り行き
2019/06/09
2019/06/08
北インド音楽 ツアー
6月21〜23日、デリーから来日する タブラ奏者 Tansen Shrivastava さんと西日本を巡ります。
KOLKATA ROOLをはじめジャンルを跨いでの長期遠征も、このツアーで一旦一段落します。
今回訪れる徳島も倉敷も高槻も、私にとっては活動初期から弾かせていただいているところなので、自分なりにも感慨深いツアーになりそうです。
Tansen Shrivastavaさんとは、2016年に三味線奏者のJack(寂空)さんの企画で共演以来久しぶりにご一緒します。
花の季節がすぎ、暑さと共に雨の季節も近づいてまいりました。
KOLKATA ROOLをはじめジャンルを跨いでの長期遠征も、このツアーで一旦一段落します。
今回訪れる徳島も倉敷も高槻も、私にとっては活動初期から弾かせていただいているところなので、自分なりにも感慨深いツアーになりそうです。
Tansen Shrivastavaさんとは、2016年に三味線奏者のJack(寂空)さんの企画で共演以来久しぶりにご一緒します。
花の季節がすぎ、暑さと共に雨の季節も近づいてまいりました。
ツアー中に雨模様の日などあれば、雨の風情のRaagなども楽しみなスケジュールです。
2019/05/31
北海道ツアー
昨年の今頃にやはり札幌で緊急入院した苦い記憶もまだ新しい。
生まれて初めて乗った救急車から治療までの記憶が、まだ鮮明に残っていることに驚く。
酸欠状態が続いたためか前後の記憶はかなり不確かなのと対照的だ。
ツアー中に騒ぎを起こして大人気なかったと反省を踏まえての今回。
昨年の活動と今年の活動への思いは、かなり違ったものになっている。
昨年はなんとか弾けるまでの筋力・体力が戻ってきたので、入院・闘病中に考えたことを演ってみたいという一心だった。
体調的に今年はもっと踏み込めていて、普通の体調に戻ることをイメージしての日々の中だ。
奇跡的に得ているだろうこの時間に感謝しつつ。
「元気?」と訊かれて「元気!」と答えられる体調。
病気になって普通ということが奇跡的なことで、とても尊いことと思えるようになっている。
そして普通ってどんな状態だったのか想像しても、なかなかイメージ出来ていない現実もあった。
ただ昨年の一件以来かなり慎重に体調を見て動くようになり、なおかつ活動に耐えうると判断して動くようにしている。
昨年はあまり思うようではなかった札幌フラメンコ公演からスタート。
かなりリベンジに燃えています。
生まれて初めて乗った救急車から治療までの記憶が、まだ鮮明に残っていることに驚く。
酸欠状態が続いたためか前後の記憶はかなり不確かなのと対照的だ。
ツアー中に騒ぎを起こして大人気なかったと反省を踏まえての今回。
昨年の活動と今年の活動への思いは、かなり違ったものになっている。
昨年はなんとか弾けるまでの筋力・体力が戻ってきたので、入院・闘病中に考えたことを演ってみたいという一心だった。
体調的に今年はもっと踏み込めていて、普通の体調に戻ることをイメージしての日々の中だ。
奇跡的に得ているだろうこの時間に感謝しつつ。
「元気?」と訊かれて「元気!」と答えられる体調。
病気になって普通ということが奇跡的なことで、とても尊いことと思えるようになっている。
そして普通ってどんな状態だったのか想像しても、なかなかイメージ出来ていない現実もあった。
ただ昨年の一件以来かなり慎重に体調を見て動くようになり、なおかつ活動に耐えうると判断して動くようにしている。
昨年はあまり思うようではなかった札幌フラメンコ公演からスタート。
かなりリベンジに燃えています。
2019/05/21
2019/05/07
やっと
先月の外来の時に先生に相談して処方してもらった抗アレルギー錠。
これを飲みながらステロイド錠を飲むのをやめた。
これまで悩まされてきた副作用の胃腸炎はおさまったようで、ステロイド錠は必要無くなったようだ。
最終的に残っている副作用は蕁麻疹による?痒みだけになった。
これはステロイド錠を飲んでも残っていたので、抗アレルギー錠で充分だと思う。
極端なことを言えば抗アレルギー錠でさえ気休めのような気がしている。
結局ステロイドの軟膏を塗っていれば飲み薬はいらないかもしれない。
それよりはつぼ灸の方が今の状況には効果的に思えている。
やっとステロイド錠をやめることができた。
これまで朝にステロイド錠を飲んでいたが、抗アレルギー錠は眠気を誘うので夜に飲むことになっている。
習慣が変わったので飲み忘れてばかりいる。
これを飲みながらステロイド錠を飲むのをやめた。
これまで悩まされてきた副作用の胃腸炎はおさまったようで、ステロイド錠は必要無くなったようだ。
最終的に残っている副作用は蕁麻疹による?痒みだけになった。
これはステロイド錠を飲んでも残っていたので、抗アレルギー錠で充分だと思う。
極端なことを言えば抗アレルギー錠でさえ気休めのような気がしている。
結局ステロイドの軟膏を塗っていれば飲み薬はいらないかもしれない。
それよりはつぼ灸の方が今の状況には効果的に思えている。
やっとステロイド錠をやめることができた。
これまで朝にステロイド錠を飲んでいたが、抗アレルギー錠は眠気を誘うので夜に飲むことになっている。
習慣が変わったので飲み忘れてばかりいる。
2019/05/03
実がついた?
冬眠から目覚めたカレーリーフから花芽が出てきた。
見た感じではもう実になっているように見えるが、初めてのカレーの木なのでよくわかっていない。
いずれにせよあの美味しい実をまた食べられるかと思うと今からワクワクする。
去年はこのカレーリーフを使ってサンバル作りに励んだものの、これといったレシピにはたどり着けないうちに冬眠に入られてしまった。
今まで食べた最も印象に残っているサンバルは、コルカタのダラムタラーにあるカマラヴィラスのサンバルだった。
過去形なのは今では代替わりして店名もクリシュナヴィラスに変わり、勿論味もずいぶん変わってしまった。
あれから美味しいラッサムにはいくつか出会ったが、これというサンバルには出会えていない。
このサンバルさえあれば山のようなライスを2〜3回おかわりできる、といったようなあれに行き着けるだろうか?
先ずはこのカレーリーフのこれからの成長を見届けたいのだが・・・
見た感じではもう実になっているように見えるが、初めてのカレーの木なのでよくわかっていない。
いずれにせよあの美味しい実をまた食べられるかと思うと今からワクワクする。
去年はこのカレーリーフを使ってサンバル作りに励んだものの、これといったレシピにはたどり着けないうちに冬眠に入られてしまった。
今まで食べた最も印象に残っているサンバルは、コルカタのダラムタラーにあるカマラヴィラスのサンバルだった。
過去形なのは今では代替わりして店名もクリシュナヴィラスに変わり、勿論味もずいぶん変わってしまった。
あれから美味しいラッサムにはいくつか出会ったが、これというサンバルには出会えていない。
このサンバルさえあれば山のようなライスを2〜3回おかわりできる、といったようなあれに行き着けるだろうか?
先ずはこのカレーリーフのこれからの成長を見届けたいのだが・・・
2019/05/01
2019/04/29
30年前のこと
インドと日本を半年おきに往復していた頃のこと。
カルカッタ滞在中に昭和天皇崩御のニュースが入った。
当時はインターネットもSNSもない時代。
手紙だって下手をすれば日本から3カ月位かかった。
そんな中でニュースはかなり早い時点で知らされた。
それも見ず知らずの人に道で声をかけられ、お悔やみの言葉と共に教えられた。
当時カルカッタの街では華僑以外の中国人や韓国人は皆無で、黄色人種は日本人くらいのものだったので、彼らからは分かりやすかったと思う。
それから何人に声をかけられただろうか。
こちらが戸惑うほどに大勢からお悔やみの言葉をかけられた。
それだけでも私にとっては驚きの連続だったが、更に私が驚かされたのは、それから3日間街は喪に服しマーケットがクローズになったことだ。
あれは全インドの休日だったのだろうか?
とにかくカルカッタの街の商店は全て閉まり、銀行も休み喪に服した。
普段喧騒に満ち満ちたカルカッタの街は静まり返り、それはとても信じられない光景だった。
日本の様子は全く分からなかったが、もしかしたら日本よりも真摯に喪に服しているのではないかと思えるほどだった。
それはこれまでの私とインドとの37年間の付き合いの中で最も驚いたことで、平成が終わる今、鮮明に思い出された。
インドという国の計り知れない側面を見せつけられた記憶。
あれから30年。
今ではコルカタの路上で誰も私を外国人扱いしてくれない。
カルカッタ滞在中に昭和天皇崩御のニュースが入った。
当時はインターネットもSNSもない時代。
手紙だって下手をすれば日本から3カ月位かかった。
そんな中でニュースはかなり早い時点で知らされた。
それも見ず知らずの人に道で声をかけられ、お悔やみの言葉と共に教えられた。
当時カルカッタの街では華僑以外の中国人や韓国人は皆無で、黄色人種は日本人くらいのものだったので、彼らからは分かりやすかったと思う。
それから何人に声をかけられただろうか。
こちらが戸惑うほどに大勢からお悔やみの言葉をかけられた。
それだけでも私にとっては驚きの連続だったが、更に私が驚かされたのは、それから3日間街は喪に服しマーケットがクローズになったことだ。
あれは全インドの休日だったのだろうか?
とにかくカルカッタの街の商店は全て閉まり、銀行も休み喪に服した。
普段喧騒に満ち満ちたカルカッタの街は静まり返り、それはとても信じられない光景だった。
日本の様子は全く分からなかったが、もしかしたら日本よりも真摯に喪に服しているのではないかと思えるほどだった。
それはこれまでの私とインドとの37年間の付き合いの中で最も驚いたことで、平成が終わる今、鮮明に思い出された。
インドという国の計り知れない側面を見せつけられた記憶。
あれから30年。
今ではコルカタの路上で誰も私を外国人扱いしてくれない。
2019/04/26
外来・13回目と思っていたが、14回目だったキートルーダ投与。
今回はスケジュールの都合で、前回から数えて5週間目の外来・キートルーダ投与だった。
前回から胃腸炎の副作用もなくなっている。
やはりあのきつかった副作用は、腸閉塞の手術の影響もあったように思える。
そりゃあ3カ月間飲まず食わずで点滴で栄誉補給をして、再建手術で約20cm小腸を切り取ったのだから普通であるはずがない。
やっと身体が短くなった腸に対応出来たのかもしれない。
そう考えると人の身体の対応力に驚かされる。
あとはキートルーダが効き続けてくれることを祈るばかりだ。
勝手知った病院になってしまったが、レストランの位置はちょうど入院していた病室と同じ方向にある。
入院中見ていた懐かしい景色だ。
東京港に出入りする船を眺めたり、レインボーブリッジを走る車を眺めたり、それはそれで楽しめた。
足音でその日の担当の看護師さんを聞き分けるのも楽しかった。
サンドイッチマンや中川家のYouTubeを見て、痛みを必死で堪えながら笑ったり、レシピ動画や爆食い動画を見ているところを看護師さんに見られ、この病棟の中でここだけとってもシュールですと言われた思い出。
急ピッチで更地になっていく築地市場を眺めると、つい昨日のことのように感じていたことが、遠い時間の彼方に吸い込まれていくような気がする。
前回から胃腸炎の副作用もなくなっている。
やはりあのきつかった副作用は、腸閉塞の手術の影響もあったように思える。
そりゃあ3カ月間飲まず食わずで点滴で栄誉補給をして、再建手術で約20cm小腸を切り取ったのだから普通であるはずがない。
やっと身体が短くなった腸に対応出来たのかもしれない。
そう考えると人の身体の対応力に驚かされる。
あとはキートルーダが効き続けてくれることを祈るばかりだ。
勝手知った病院になってしまったが、レストランの位置はちょうど入院していた病室と同じ方向にある。
入院中見ていた懐かしい景色だ。
東京港に出入りする船を眺めたり、レインボーブリッジを走る車を眺めたり、それはそれで楽しめた。
足音でその日の担当の看護師さんを聞き分けるのも楽しかった。
サンドイッチマンや中川家のYouTubeを見て、痛みを必死で堪えながら笑ったり、レシピ動画や爆食い動画を見ているところを看護師さんに見られ、この病棟の中でここだけとってもシュールですと言われた思い出。
急ピッチで更地になっていく築地市場を眺めると、つい昨日のことのように感じていたことが、遠い時間の彼方に吸い込まれていくような気がする。
2019/04/20
野点
身体の回復具合をはかるため、溪を歩くことができるか川へ行ってみた。
舗装道路を普通に歩けるようになり、駅の階段も登れるようになってきたので、そろそろ渓流に挑んでみたくなった。
かつてのように何キロも川を釣り登るのは、まだまだ先の目標だが、とりあえず溪を歩くことができるのか試してみたかった。
注意深く様子を見ながらの遡行。
岩だらけの渓流は舗装道路の比ではない。
久しぶりの渓流の景色と、流れの中から毛鉤に掛かったアマゴの美しい魚体に癒されながら、疲れを忘れて遡行した。
思った以上に釣りを満喫した後で、歩くことが出来なかった時のことを想定して用意した、お茶セットで茶を点てて一服。
忙中の休日。
お茶を飲みながら一瞬と永遠が同一のものと感じられる時間を過ごした。
舗装道路を普通に歩けるようになり、駅の階段も登れるようになってきたので、そろそろ渓流に挑んでみたくなった。
かつてのように何キロも川を釣り登るのは、まだまだ先の目標だが、とりあえず溪を歩くことができるのか試してみたかった。
注意深く様子を見ながらの遡行。
岩だらけの渓流は舗装道路の比ではない。
久しぶりの渓流の景色と、流れの中から毛鉤に掛かったアマゴの美しい魚体に癒されながら、疲れを忘れて遡行した。
思った以上に釣りを満喫した後で、歩くことが出来なかった時のことを想定して用意した、お茶セットで茶を点てて一服。
忙中の休日。
お茶を飲みながら一瞬と永遠が同一のものと感じられる時間を過ごした。
2019/04/18
4月28日
昨年から始めた新しい試みが、レギュラーとして定着しつつある。
フラメンコはインドのラジャスタンからヨーロッパに流れていったロマ(ジプシー)の人々によって始められ、インドの影響を受けてよく似ているとも言われているが、いざ取り組んでみると似て非なるものだった。
たしかにうわべだけをなぞってみるのも可能だが、去年の活動を通じてもっと踏み込んでみたいと思うようになった。
今回のジャマキート フラメンコはバイレ(ダンス)のジャマキートさん、山本海さんに加えて、カンテ(ボーカル)の須田隆久さんは薩摩琵琶をも弾きこなすマルチプレーヤー。
先日のリハーサルでは改めて琵琶は親戚だなと感じた。
ジャマキートさんの粋でとても楽しみな企画です。
フラメンコはインドのラジャスタンからヨーロッパに流れていったロマ(ジプシー)の人々によって始められ、インドの影響を受けてよく似ているとも言われているが、いざ取り組んでみると似て非なるものだった。
たしかにうわべだけをなぞってみるのも可能だが、去年の活動を通じてもっと踏み込んでみたいと思うようになった。
今回のジャマキート フラメンコはバイレ(ダンス)のジャマキートさん、山本海さんに加えて、カンテ(ボーカル)の須田隆久さんは薩摩琵琶をも弾きこなすマルチプレーヤー。
先日のリハーサルでは改めて琵琶は親戚だなと感じた。
ジャマキートさんの粋でとても楽しみな企画です。
2019/04/08
最初の曲
生まれて初めてのシタールをゲットした晩、コルカタの宿泊先のお寺で、メロディーを思い出しながら弾いてみた曲がある。
今から37年も前の話になってしまった。
他にもシタールで弾けそうなメロディーは沢山あったが、この曲は当時映画でも使われ、その強烈な印象で、私の中ではとてもキャッチーなメロディーだった。
もちろんRaagなどは知らなかったが、弾けそうなメロディーは他にも沢山あった中で、しばらくはこの曲ばかり弾いていた。
もちろん自分で弾きながらも、なんでこの曲なんだろうと思っていた。
それ以降の年月の中、何度かこの曲をライブで取り上げてみようと、トライしたことがあったが、いつも家での練習に終わっていた。
そんな曲がライブの候補曲として共演者から届いた。
感慨深い思いでメロディーを弾き、楽曲を分解・精査してみて、今まで気づくことが出来なかった楽曲の深みに触れている。
本番が実に楽しみだ。
今から37年も前の話になってしまった。
他にもシタールで弾けそうなメロディーは沢山あったが、この曲は当時映画でも使われ、その強烈な印象で、私の中ではとてもキャッチーなメロディーだった。
もちろんRaagなどは知らなかったが、弾けそうなメロディーは他にも沢山あった中で、しばらくはこの曲ばかり弾いていた。
もちろん自分で弾きながらも、なんでこの曲なんだろうと思っていた。
それ以降の年月の中、何度かこの曲をライブで取り上げてみようと、トライしたことがあったが、いつも家での練習に終わっていた。
そんな曲がライブの候補曲として共演者から届いた。
感慨深い思いでメロディーを弾き、楽曲を分解・精査してみて、今まで気づくことが出来なかった楽曲の深みに触れている。
本番が実に楽しみだ。
2019/04/05
眠っていた
秋から完全停止状態だったカレーリーフの若木。
それでも時々水をあげると反応するので様子を見ていたが、最近どうやら動き始めたようだ。
昨年、東京の路地で越冬したカレーリーフの苗をいただいて、うちのベランダで料理に使いながら育て、越冬できるか見守っていた。
多分南国育ちのカレーリーフにとっては、逗子でも凍える冬だったと思う。
コリアンダーの葉(パクチー)と一緒で、カレーリーフも生の葉を使いたい。
冷凍や乾燥させたものも買えるが、やはり香りが違う。
ドネパタ(パクチーのベンガルでの呼び名)はよくインドで笑い話にするが、それは日本とあまりにも値段の差が激しいからだ。
スーパーで売られているドネパタの値段の話をすると、たいていのベンガル人はこの世の最後の様な表情になる。
それでも時々水をあげると反応するので様子を見ていたが、最近どうやら動き始めたようだ。
昨年、東京の路地で越冬したカレーリーフの苗をいただいて、うちのベランダで料理に使いながら育て、越冬できるか見守っていた。
多分南国育ちのカレーリーフにとっては、逗子でも凍える冬だったと思う。
コリアンダーの葉(パクチー)と一緒で、カレーリーフも生の葉を使いたい。
冷凍や乾燥させたものも買えるが、やはり香りが違う。
ドネパタ(パクチーのベンガルでの呼び名)はよくインドで笑い話にするが、それは日本とあまりにも値段の差が激しいからだ。
スーパーで売られているドネパタの値段の話をすると、たいていのベンガル人はこの世の最後の様な表情になる。
2019/04/04
麻婆豆腐
横浜中華街に帰化した友人によると、麻婆豆腐には店の数、調理人の数だけのレシピが存在するそうだ。
弾く者の数だけアプローチが存在する、北インドのRaag音楽に似ている。
麻婆豆腐の中にはレシピが定番化された、正宗麻婆豆腐や陳麻婆豆腐のような有名レシピも存在する。
あとは市販の麻婆豆腐の素を使ったり、レトルトのソース。
たしかに麻婆豆腐は豆板醬の種類や、唐辛子のバリエーションを考えただけでも、大変な種類になる。
激辛ブームのは別として、南米系の唐辛子を使った美味しいのもあるし。
生の青唐辛子を使った白麻婆豆腐もなかなかの絶品。
グルバイに訊いてみたら四川料理はインドでも人気だが、豆腐が一般的でないので麻婆豆腐は日本ほどの人気メニューではないようだ。
コルカタでもかつて中華街(チナバジャール)で気軽に豆腐料理も食べられたが、最近は行っていないのでどうなっているのだろう?
当時のケロシンストーブの中では特注サイズの大きさと、眼を見張る火力を巧みにあやつって作られた、豆腐の炒め物は絶品だった。
先日中華街で食べた麻婆豆腐フェアの白麻婆豆腐の辛みは、強めの一味唐辛子だった。
意外で楽しかった。
弾く者の数だけアプローチが存在する、北インドのRaag音楽に似ている。
麻婆豆腐の中にはレシピが定番化された、正宗麻婆豆腐や陳麻婆豆腐のような有名レシピも存在する。
あとは市販の麻婆豆腐の素を使ったり、レトルトのソース。
たしかに麻婆豆腐は豆板醬の種類や、唐辛子のバリエーションを考えただけでも、大変な種類になる。
激辛ブームのは別として、南米系の唐辛子を使った美味しいのもあるし。
生の青唐辛子を使った白麻婆豆腐もなかなかの絶品。
グルバイに訊いてみたら四川料理はインドでも人気だが、豆腐が一般的でないので麻婆豆腐は日本ほどの人気メニューではないようだ。
コルカタでもかつて中華街(チナバジャール)で気軽に豆腐料理も食べられたが、最近は行っていないのでどうなっているのだろう?
当時のケロシンストーブの中では特注サイズの大きさと、眼を見張る火力を巧みにあやつって作られた、豆腐の炒め物は絶品だった。
先日中華街で食べた麻婆豆腐フェアの白麻婆豆腐の辛みは、強めの一味唐辛子だった。
意外で楽しかった。
2019/04/03
Raagの分類
北インドのRaag音楽は、それらを取り巻く環境の、大きな変化を経ながら今日に至っている。
そのような中で良いものは貪欲に取り入れ、合理的にそれらを吸収していき、そしてそれらの影響は今でも残っている。
Raagの分類では今まで様々なシステムが考え出されたが、多くの変遷を繰り返してきた中、バトカンデ博士によって提唱された、Thaat(タート)のシステムによるRaagの分類法が現在の基準になっている。
タートとは10種類のRaag・音階を基本型として、Raagを分類しようとする考え方で、数少ない例外を除けばRaagはいずれかのThaatにあてはまる。
基準は定まっているものの、今まで巻き込み、巻き込まれた沢山の要素がある為に、この音楽には多くの可能性がある反面、この音楽の解説には膨大な脚註が必要になってくる。
しかし反面その実体は非常にシンプルかつ明瞭で、音の楽しみ方の要素に満ち溢れている。
Raagは理性と情緒、計算と詩情の間の絶妙なバランス感覚を備えた音楽家によって、命が吹き込まれる。
そのような中で良いものは貪欲に取り入れ、合理的にそれらを吸収していき、そしてそれらの影響は今でも残っている。
Raagの分類では今まで様々なシステムが考え出されたが、多くの変遷を繰り返してきた中、バトカンデ博士によって提唱された、Thaat(タート)のシステムによるRaagの分類法が現在の基準になっている。
タートとは10種類のRaag・音階を基本型として、Raagを分類しようとする考え方で、数少ない例外を除けばRaagはいずれかのThaatにあてはまる。
基準は定まっているものの、今まで巻き込み、巻き込まれた沢山の要素がある為に、この音楽には多くの可能性がある反面、この音楽の解説には膨大な脚註が必要になってくる。
しかし反面その実体は非常にシンプルかつ明瞭で、音の楽しみ方の要素に満ち溢れている。
Raagは理性と情緒、計算と詩情の間の絶妙なバランス感覚を備えた音楽家によって、命が吹き込まれる。
2019/04/01
情緒的なこと
Raagを聴くことによって心に喚起される情感をRasaと言って、それぞれのRaagはRasaの情感のいずれかを持っていると考えられている。
Raagの音階の数学的なアプローチもさることながら、このように観念的な要素であるRasaが、音楽の中に共存していることはとても興味深い。
また演奏されるべき時間帯とRaagとの関連性を、言葉を使って仕組みや法則を説明するのは困難だが、一旦そうした感覚は身についてしまうと、時間帯の異なるRaagを聴くと、違和感を感じるようになる。
また、情感が喚起されると言っても、Raagは決して標題性を持って演奏されるわけではない。
むしろRaagは絶対音楽に分類される音楽。
そしてRaag音楽は決して神秘の音楽でもなければ、数学的面白さだけを追求し目指している音楽でもない。
Raagは音楽的な面から見たら音階・旋法だが、時間帯やRasaなどのスパイスが加わえられることで、より豊かで詩的で豊潤な芸術へと押し上げられている。
Raagの音階の数学的なアプローチもさることながら、このように観念的な要素であるRasaが、音楽の中に共存していることはとても興味深い。
また演奏されるべき時間帯とRaagとの関連性を、言葉を使って仕組みや法則を説明するのは困難だが、一旦そうした感覚は身についてしまうと、時間帯の異なるRaagを聴くと、違和感を感じるようになる。
また、情感が喚起されると言っても、Raagは決して標題性を持って演奏されるわけではない。
むしろRaagは絶対音楽に分類される音楽。
そしてRaag音楽は決して神秘の音楽でもなければ、数学的面白さだけを追求し目指している音楽でもない。
Raagは音楽的な面から見たら音階・旋法だが、時間帯やRasaなどのスパイスが加わえられることで、より豊かで詩的で豊潤な芸術へと押し上げられている。
2019/03/31
2019/03/29
2019/03/28
2019/03/25
春を彩る
振れ幅の大きな三寒四温の繰り返しを経て色々な花が咲き始めた。
日本もやっと春のRaagの出番だ。
実はこれが曲者で、インドの春と日本の春の雰囲気の違いが悩みの種になる。
その季節を受け止めた心模様のようなものは同一だが、春に自分を取り巻く気候・環境、季節感が全然違う。
つまり心模様は、冬が去って心ウキウキする。
季節の進行と共に不安定感が加わる。
ほとんどをコルカタで過ごした私にとって、春のRaagが喚起するのは、先ず初夏の陽気が大きい。
なので春のRaagの多くは、どちらかと言うと5月に弾くことが多く、逆に4月に弾く春のRaagは限られている。
このあたりは説明が難しく、同感出来る人には手に取るように感じてもらえる感覚かもしれない。
かなり主観が影響を与えているが、暮らす地域が変われば随分と違うだろう。
木の芽立ち、夏日から真夏日。
日本でも丁度この時期に、空気の重さが変わってくる。
そして一瞬 空気の匂いが変わったりする。
やっぱり春はめまぐるしい。
日本もやっと春のRaagの出番だ。
実はこれが曲者で、インドの春と日本の春の雰囲気の違いが悩みの種になる。
その季節を受け止めた心模様のようなものは同一だが、春に自分を取り巻く気候・環境、季節感が全然違う。
つまり心模様は、冬が去って心ウキウキする。
季節の進行と共に不安定感が加わる。
ほとんどをコルカタで過ごした私にとって、春のRaagが喚起するのは、先ず初夏の陽気が大きい。
なので春のRaagの多くは、どちらかと言うと5月に弾くことが多く、逆に4月に弾く春のRaagは限られている。
このあたりは説明が難しく、同感出来る人には手に取るように感じてもらえる感覚かもしれない。
かなり主観が影響を与えているが、暮らす地域が変われば随分と違うだろう。
木の芽立ち、夏日から真夏日。
日本でも丁度この時期に、空気の重さが変わってくる。
そして一瞬 空気の匂いが変わったりする。
やっぱり春はめまぐるしい。
2019/03/24
懐かしい街
今回のコルカタ滞在では、久しぶりにシアルダーエリアを散策することが出来た。
30年余り前の景色。
当時はカルカッタで何か用事を済ます為には、先ず電車でシアルダー駅まで出て、そこからさらに目的地を目指すのがコースだった。
今のようにいつでもタクシーがつかまえられない時の話だ。
それでも当時はトラムの路線も今よりずっと多く、それなりに便利な足だった。
今は便利になった反面、カルカッタの濃縮された液体のような、あの時の空気は感じることは出来ない。
シアルダー駅は私にとって不思議世界への入り口だった。
一旦咲くと同じ花が数日間をかけて、水色からピンクになり、最後はオレンジに色が変わっていく、不思議なバラの苗が売っていた植木市が立ったり。
近くの電気店街にSAYONARA ELECTRONICという看板を掲げた電器屋さんがあったり、フィルムカメラを普段持ち歩かなかったので、記憶の中にしか息づいていない風景は個性的でスパイシーだ。
なぜフィルムカメラを持ち歩かなかったかと言うと、街でカメラを取り出すと2重3重と取り囲まれ、記念撮影をするハメに陥り、その後その全員から住所を渡されたりするし。
写真を撮ろうとすると、着替えて来るからちょっと待っててくれと、なんとものんびりさせられたりもしたので、面倒になりカメラを持ち歩かなくなった。
もしもカメラに気づかれずに、あの時の光景を切りとることが出来たなら、すごく面白い写真になっていたと思う。
当時は紙焼きの時代で、今のようなデータの時代ではなかった。
記憶の中の素敵な景色や笑える光景は、もう記憶の中にしか存在しない。
ただ変わらない風景も少しは残っていることは、 今回の嬉しい収穫だったかもしれない。
30年余り前の景色。
当時はカルカッタで何か用事を済ます為には、先ず電車でシアルダー駅まで出て、そこからさらに目的地を目指すのがコースだった。
今のようにいつでもタクシーがつかまえられない時の話だ。
それでも当時はトラムの路線も今よりずっと多く、それなりに便利な足だった。
今は便利になった反面、カルカッタの濃縮された液体のような、あの時の空気は感じることは出来ない。
シアルダー駅は私にとって不思議世界への入り口だった。
一旦咲くと同じ花が数日間をかけて、水色からピンクになり、最後はオレンジに色が変わっていく、不思議なバラの苗が売っていた植木市が立ったり。
近くの電気店街にSAYONARA ELECTRONICという看板を掲げた電器屋さんがあったり、フィルムカメラを普段持ち歩かなかったので、記憶の中にしか息づいていない風景は個性的でスパイシーだ。
なぜフィルムカメラを持ち歩かなかったかと言うと、街でカメラを取り出すと2重3重と取り囲まれ、記念撮影をするハメに陥り、その後その全員から住所を渡されたりするし。
写真を撮ろうとすると、着替えて来るからちょっと待っててくれと、なんとものんびりさせられたりもしたので、面倒になりカメラを持ち歩かなくなった。
もしもカメラに気づかれずに、あの時の光景を切りとることが出来たなら、すごく面白い写真になっていたと思う。
当時は紙焼きの時代で、今のようなデータの時代ではなかった。
記憶の中の素敵な景色や笑える光景は、もう記憶の中にしか存在しない。
ただ変わらない風景も少しは残っていることは、 今回の嬉しい収穫だったかもしれない。
2019/03/22
2019/03/21
2019/03/20
5月 KOLKATA ROLL
KOLKATA ROLL 3夜!
京都 越前 福井
KOLKATA ROLL LIVE 2019 初夏
山田晴三/Bass
中村岳/Percussion
井上憲司/Zitar
GUEST
久家菜々子/Flute
予約・問合わせ
KOLKATA ROLL
http://kenjiinoue.com
info@kenjiinoue.com
●5/23(木)
19:00open19:30start
料金:¥3,500(1drink付)1food別途要
会場:モダンタイムス
http://mtimes.jp
京都市中京区木屋町三条上がるエンパイヤビルB1
TEL075-212-8385
●5/26(日)
13:30open14:00start
料金:¥3000(+別途1drink)
会場:Rag Time Classics
http://ragtime.maplemix.com
福井県越前市幸町4-7
TEL0778-21-3791
●5/27(月)
Asobi-gokoro/opening act
19:00open19:30start
料金:¥3000(+別途1drink)
会場:Bar Jake
https://www.facebook.com/BAR.Jake/
福井市順化1-10-9ドリームタウン2F
TEL090-4167-2735
京都 越前 福井
KOLKATA ROLL LIVE 2019 初夏
山田晴三/Bass
中村岳/Percussion
井上憲司/Zitar
GUEST
久家菜々子/Flute
予約・問合わせ
KOLKATA ROLL
http://kenjiinoue.com
info@kenjiinoue.com
●5/23(木)
19:00open19:30start
料金:¥3,500(1drink付)1food別途要
会場:モダンタイムス
http://mtimes.jp
京都市中京区木屋町三条上がるエンパイヤビルB1
TEL075-212-8385
●5/26(日)
13:30open14:00start
料金:¥3000(+別途1drink)
会場:Rag Time Classics
http://ragtime.maplemix.com
福井県越前市幸町4-7
TEL0778-21-3791
●5/27(月)
Asobi-gokoro/opening act
19:00open19:30start
料金:¥3000(+別途1drink)
会場:Bar Jake
https://www.facebook.com/BAR.Jake/
福井市順化1-10-9ドリームタウン2F
TEL090-4167-2735
2019/03/18
新シーズン
ヴェータンタ協会での演奏で、個人的な新年度・新シーズンがスタートした。
この1年間は1日一生の思いで過ごしてきたが、こうして新しいシーズンを迎えると、1年という単位が意識される。
一昨年に比べれば昨年は地味かと思っていたが、振り返ってみると腋の下への転移・再発や心膜炎になって救急車で運ばれ入院したりと、かなり波瀾に富んだ1年だった。
キートルーダの投与を再開してからまもなく1年になり、そういう意味ではキートルーダとの1年とも言える。
転移した腋の下の腫瘍は、再開後2回目の投与で消え、それ以降腫瘍に関しては平穏な日々だ。
そのような状況下で様子を見ながら少しずつ活動を進めてこられたことは、この上なく幸せな1年だった。
今年に入ってからは体調もかなり回復したので、今後は以前のように動いていけそうな気がしている。
それは、にわかには信じ難い幸せな時間の連続で、与えられている時間は奇跡の連続のように感じている。
復帰後から私の体調を見守るように、活動をサポートしてきてくれた、主催者やスタッフの皆さん、そして励ますようにブッキングしてきてくれた、共演者の皆さんに改めて感謝します。
そして 復帰後に皆さまからいただいたご感想などのお言葉、きのヴェータンタ協会のスワミ・メダーサナンダ師からいただいた言葉を宝に、今後の時間を過ごしていきたいと思います。
この1年間は1日一生の思いで過ごしてきたが、こうして新しいシーズンを迎えると、1年という単位が意識される。
一昨年に比べれば昨年は地味かと思っていたが、振り返ってみると腋の下への転移・再発や心膜炎になって救急車で運ばれ入院したりと、かなり波瀾に富んだ1年だった。
キートルーダの投与を再開してからまもなく1年になり、そういう意味ではキートルーダとの1年とも言える。
転移した腋の下の腫瘍は、再開後2回目の投与で消え、それ以降腫瘍に関しては平穏な日々だ。
そのような状況下で様子を見ながら少しずつ活動を進めてこられたことは、この上なく幸せな1年だった。
今年に入ってからは体調もかなり回復したので、今後は以前のように動いていけそうな気がしている。
それは、にわかには信じ難い幸せな時間の連続で、与えられている時間は奇跡の連続のように感じている。
復帰後から私の体調を見守るように、活動をサポートしてきてくれた、主催者やスタッフの皆さん、そして励ますようにブッキングしてきてくれた、共演者の皆さんに改めて感謝します。
そして 復帰後に皆さまからいただいたご感想などのお言葉、きのヴェータンタ協会のスワミ・メダーサナンダ師からいただいた言葉を宝に、今後の時間を過ごしていきたいと思います。
2019/03/15
2019/03/13
2019/03/11
2019/03/10
2019/03/09
茶について
季節感を感じとり愛でる方法は色々あるが、中でも味覚には走り・旬・名残りと順序がある上に、走りと名残りの出会いものなんて、まさに醍醐味そのもの。
食材からも季節感を感じられる上に、それぞれの季節の食材が豊富にある日本は、幸せな環境だと最近つくづく思うようになった。
そして様々なことを美と結びつける日本の文化に、改めて敬意を感じる昨今。
今回のインド滞在中に毎日のグルジーとの会話の中で、ラビンドラナート・タゴールが日本に滞在した時に茶会に招かれ、茶の湯の世界観・精神性に触れて、日本人の美に対する献身的な姿勢に強く心打たれたという逸話が印象に残っている。
タゴール曰く日本人は世界中で最も美に対して忠実で、最も美を理解する民族であると評した。
確かに中国からもたらされた茶は、今や世界中に広まり様々なお茶が楽しまれているが、茶を美の世界まで引き上げたのは日本独自の文化と言っても過言ではない。
煎茶道の形だけは中国に逆輸出したが、世界観や精神性は伴っていない。
ラビンドラナート・タゴールと親交が深かった、岡倉天心は著者「茶の本」の中で、利休の最期の茶会の様子を紹介している。
利休は茶会の最後に客達に形見分けをし、茶を皆が飲んだ後で自らも茶を飲み、その器だけは人には渡さず「不幸の人のくちびるによって不浄になった器はけっして再び人間には使用させない。」と言ってその器をなげうって粉砕したと記している。
インドでは一度人が使用したチャイの素焼きの器は、全て不浄なものとしてなげうって粉砕する。
食事の皿はバナナの葉を使用し使い棄てる。
人が使用したものは、その人が幸か不幸かは関係なく全て不浄のものと考えるからだ。
そしてそれは自然に還る素材を使った究極の使い棄て文化だが、今ではステンレスの皿やプラスチックのコップなどの出現で事情が変わってきている。
チャイに使われる素焼きの器は脆く儚げで、それこそ寂の極致のような器で、持ち帰りたい衝動に駆られるが、持ち帰っても破れてしまったり、大抵使いものにはならない。
一時期はプラスチックのコップに押されて、あまり見かけなかった素焼きの器だが、最近はまた見直されているように思う。
この寂た素焼きの器で飲むチャイにも、私はささやかな美を感じている。
食材からも季節感を感じられる上に、それぞれの季節の食材が豊富にある日本は、幸せな環境だと最近つくづく思うようになった。
そして様々なことを美と結びつける日本の文化に、改めて敬意を感じる昨今。
今回のインド滞在中に毎日のグルジーとの会話の中で、ラビンドラナート・タゴールが日本に滞在した時に茶会に招かれ、茶の湯の世界観・精神性に触れて、日本人の美に対する献身的な姿勢に強く心打たれたという逸話が印象に残っている。
タゴール曰く日本人は世界中で最も美に対して忠実で、最も美を理解する民族であると評した。
確かに中国からもたらされた茶は、今や世界中に広まり様々なお茶が楽しまれているが、茶を美の世界まで引き上げたのは日本独自の文化と言っても過言ではない。
煎茶道の形だけは中国に逆輸出したが、世界観や精神性は伴っていない。
ラビンドラナート・タゴールと親交が深かった、岡倉天心は著者「茶の本」の中で、利休の最期の茶会の様子を紹介している。
利休は茶会の最後に客達に形見分けをし、茶を皆が飲んだ後で自らも茶を飲み、その器だけは人には渡さず「不幸の人のくちびるによって不浄になった器はけっして再び人間には使用させない。」と言ってその器をなげうって粉砕したと記している。
インドでは一度人が使用したチャイの素焼きの器は、全て不浄なものとしてなげうって粉砕する。
食事の皿はバナナの葉を使用し使い棄てる。
人が使用したものは、その人が幸か不幸かは関係なく全て不浄のものと考えるからだ。
そしてそれは自然に還る素材を使った究極の使い棄て文化だが、今ではステンレスの皿やプラスチックのコップなどの出現で事情が変わってきている。
チャイに使われる素焼きの器は脆く儚げで、それこそ寂の極致のような器で、持ち帰りたい衝動に駆られるが、持ち帰っても破れてしまったり、大抵使いものにはならない。
一時期はプラスチックのコップに押されて、あまり見かけなかった素焼きの器だが、最近はまた見直されているように思う。
この寂た素焼きの器で飲むチャイにも、私はささやかな美を感じている。
2019/03/07
3月17日
日本ヴェータンタ協会のシュリ・ラーマクリシュナ・デーヴァの生誕祭で弾きます。
以前はよく弾かせていただいていましたが、しばらく日程の調整がつかなかったり、最近は病気をしたりと、今回久しぶりの参加です。
数多くの聖人を輩出しているインドですが、シュリ・ラーマクリシュナ・デーヴァは特に多くのベンガル人から信仰され、コルカタ近郊のベルーにその本部があります。
私も一度ベルーを訪れたことがありますが、その場所特有の平安な雰囲気に感銘を受けました。
そしてそこで1人の男があげた、祈りとも詠唱ともとれる声に、とても感動したことが思い出されます。
私はその時あまりに心をうたれたので、彼に「今の唄は何だったのですか?」と訊いたところ、彼は無言で私の胸を二度三度強くノックした。
無言だったのは言葉を話せなかったのか?
それとも言葉は無用というメッセージだったのか?
そして私の胸をノックした彼の手はハンセン病によって指が失われていた。
あれはインドで体験したことの中でも特に印象に残った出来事だった。
以前はよく弾かせていただいていましたが、しばらく日程の調整がつかなかったり、最近は病気をしたりと、今回久しぶりの参加です。
数多くの聖人を輩出しているインドですが、シュリ・ラーマクリシュナ・デーヴァは特に多くのベンガル人から信仰され、コルカタ近郊のベルーにその本部があります。
私も一度ベルーを訪れたことがありますが、その場所特有の平安な雰囲気に感銘を受けました。
そしてそこで1人の男があげた、祈りとも詠唱ともとれる声に、とても感動したことが思い出されます。
私はその時あまりに心をうたれたので、彼に「今の唄は何だったのですか?」と訊いたところ、彼は無言で私の胸を二度三度強くノックした。
無言だったのは言葉を話せなかったのか?
それとも言葉は無用というメッセージだったのか?
そして私の胸をノックした彼の手はハンセン病によって指が失われていた。
あれはインドで体験したことの中でも特に印象に残った出来事だった。
2019/03/06
2019/03/05
2019/03/04
2019/03/03
2019/03/02
2019/03/01
2019/02/27
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